『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.113

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らしむ、利景仰を蒙りてすみやかに馳むかひ、四月十七日、時刻をうりさ, 城中にこもれところの山川左之助某、原土佐某しはらく防き戰ふとい, とき、上總國のうちにをいて釆地を賜ぬ、, き汝累代の本領なれは、國民汝に屬すなものおほかるへし、すみやかに, 江戸に歸り、男方景を具してはせのほり、九月二日乃曉、明知の城を圍む、, へとも、さゝぬき事あたはすして、にゐに敗北す、利景これを追て首十三, す、彼城を攻落し、首十五級を得たり、こ乃うち三級を尾張國小牧城に送, 成上方呆をいて謀叛し、田丸中務具直岩村の城に楯籠り、土岐、明知の兩, 馳登りて彼城を抜へしとなり、利景謹て命をうけ、いそき小山を發して, 城に人數を籠て、三成か逆意にくみす、東照宮、利景を御前にめされ、明知, あり〓、彼地を賜はり、ぬたゝひ本領を安堵す、のち太閤の命によりて、こ, り、西尾小左衞門吉次、本多彌八郎正信をもつて實〓に備へしかは、御感, 景勝御征伐のとき、從ひたそまつり、下野國小山にいたむ、ときに石田三, 〓を收めらる、十八年、小田原陣に扈從し、この年關東にいらとたまふの, 慶長五年、上杉, 二年、長久手の役に、長一家臣石黒藤藏某、關左門某をして、明知の城を守, 慶長十九年五月二十日, ○譜牒餘録後篇, 二、中野村トアリ, 知城ヲ攻, 城ヲ〓復, 家康ニ從, ヒテ關東, 關原役明, 利景明知, 長久手役, ニ移ル, ス, 一一三

割注

  • ○譜牒餘録後篇
  • 二、中野村トアリ

頭注

  • 知城ヲ攻
  • 城ヲ〓復
  • 家康ニ從
  • ヒテ關東
  • 關原役明
  • 利景明知
  • 長久手役
  • ニ移ル

ノンブル

  • 一一三

注記 (29)

  • 1846,673,77,2139らしむ、利景仰を蒙りてすみやかに馳むかひ、四月十七日、時刻をうりさ
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