『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.387

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りたる、玄蕃重て惡口し、山城か乘たりける馬を鎗にてう〓、馬驚てかを出, たり、景勝此よし見給ひ、れうじ申たりとて手をいたされ、定そ今日の一番, 若く候得者、軍法聊も存せす候、去なから、むかし源平の合戰、元弘建武の軍, なる事御越度とるへしといひけれは、山城守につことわらひ、仰のことく, と譽ぬものこ〓なかりたる、, 合たる事一度も是なしと申たる、直江山城是を聞、推參を申者かれといか, 炊なり、大炊備の前を、景勝、直江山城をつれ、只二騎にて、青竹の三尺はかり, し、毎度御用捨に預るへしとこたへける、當年十七歳、老の先きこそあらん, らしき事を承り候ものかな、手近き敵にて候はゝ、いつとても合戰仕るへ, の給ひとをられしに、隅田大炊内島津玄蕃と云者、白四半にちゝみ十文字, にも、目前に進む敵を、これは誰の請取とて討すして通したる法やある、珍, 書たる指物さしすゝみ出、隅田か備、むかしより竹にてとゝき立られ、鎗を, なるをもち、隅田か備をにらみ、たゝ今此竹にてとゝきたて、鎗をさせんと, 候、さこそ佐竹殿殘念なるらん、若く候得者、一應きくるしからす、重て楚忽, 〔太平夜談抄〕大坂志貴野口寄手は、越後の景勝持なり、景勝先手は隅田大, ○秘閣本大坂記ニモ、, コノ咄ヲ載セタリ、, 長義ノ部, シ時須田, ヲ巡視セ, 下島津玄, 蕃ノ氣〓, 景勝陣中, 慶長十九年十一月二十六日, 三八七

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  • ○秘閣本大坂記ニモ、
  • コノ咄ヲ載セタリ、

頭注

  • 長義ノ部
  • シ時須田
  • ヲ巡視セ
  • 下島津玄
  • 蕃ノ氣〓
  • 景勝陣中

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 三八七

注記 (25)

  • 387,637,69,2218りたる、玄蕃重て惡口し、山城か乘たりける馬を鎗にてう〓、馬驚てかを出
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