『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.432

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はかり、大津松本の邊にはせむかひ、敵兵甲田孫之丞某か首を得たり、彌, 直政は太閤に屬するかゆへに、其地形を察し、鐵炮頭近藤織部佐重勝と, す、直政また、明智彌平次某、近江の安土より坂本の城にたて籠らん事を, 祿十二年、伊勢國峯城をせむるのとき、直政、山岡道阿彌と鎗を合せ、道阿, 襲ひ攻るのとき、直政精兵をひきゐて先登し、右府の感賞をかうふる、永, 衞門督秀政か從弟たるをもつて、秀政か手に屬す、諸將伊賀國龜甲城を, 正十年、明智光秀勝龍寺に陣し、豐臣太閤と雌雄を決せんとす、このとき, 彌か鎗をうはひとる、山口修理某、常に直政か勇敢群を出たりと感す、天, 平次は戰はずして、間道より坂本の城に逃れ入、十一年、太閤、柴田勝家と, ゝもに、寶寺の峯に備をたて、一戰に勝利を得、光秀か軍こと〳〵く敗走, 合戰のとき、直政、十文字の鎗をもつて、勝家か金の御幣の馬驗を奪ひと, 直政母は掃部大夫某か女、織田右府につかへ父か遺領をたまはり、堀左, 女子母は某氏、直寄か家臣堀主膳某か妻、, 女子母は某氏、直寄か家臣堀修理某か妻、, 直忠主殿、, 龜甲城攻, ノ先登, 秀政ノ從, 驗ヲ奪フ, 直政ノ事, 勝家ノ馬, 蹟, 弟, 勇敢拔群, 慶長十三年二月二十六日, 四三二

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  • 女子母は某氏、直寄か家臣堀主膳某か妻、
  • 女子母は某氏、直寄か家臣堀修理某か妻、
  • 直忠主殿、

頭注

  • 龜甲城攻
  • ノ先登
  • 秀政ノ從
  • 驗ヲ奪フ
  • 直政ノ事
  • 勝家ノ馬
  • 勇敢拔群

  • 慶長十三年二月二十六日

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  • 四三二

注記 (26)

  • 370,744,72,2150はかり、大津松本の邊にはせむかひ、敵兵甲田孫之丞某か首を得たり、彌
  • 715,729,76,2157直政は太閤に屬するかゆへに、其地形を察し、鐵炮頭近藤織部佐重勝と
  • 485,738,72,2152す、直政また、明智彌平次某、近江の安土より坂本の城にたて籠らん事を
  • 1068,726,72,2155祿十二年、伊勢國峯城をせむるのとき、直政、山岡道阿彌と鎗を合せ、道阿
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