『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.150

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にといへとも、三好長慶ろために攻落されん〓を慮り、かの城を退き、そ, さに、枯うせしろは、直忠名勝乃空しくならむ事を患ひ、遍之もとめて、一, ひ、乃ち織田右府に屬し、また豐臣太閤につろへ、入道して東玉と號す、天, 正十九年九月十五日、先に唐崎にあに處の一葉乃松、波風のために覆へ, のゝち萬松院義晴に仕へ、近江國滋賀郡唐崎の邊にをいて領知をたま, 病者たににより、嗣たらす、, 葉の松のかたち勝またるを選み移し植、今世に唐崎の松と稱すにもの, 母は秀重か女、, 忠わつろに八歳なりしかは、老母ろはろらひにより、家臣等こまをたす, け〓、兄新三郎直頼、弟九郎左衞門直壽と共に、近江國坂田郡新庄城に籠, 直忠新庄藏人直昌か二男、母は久我大納言某か女、父直昌戰死乃とを、直, 出家して、南都東大寺の住職となる、, 家臣となる、, 直高, 直成, 平左, 衞門, 衞門, 兵衞、, 豐丸、吉, 五郎右, 金藏院, 女子豐臣家の臣坂井半左衞門成政か妻, 女子豐臣家の臣奧村平兵衞某か妻、, 直成, 法印, 秀吉ニ仕, 義晴ニ仕, ヲ再植ス, 唐崎ノ松, 履歴, フ, 元和六年正月二十五日, 一五〇

割注

  • 平左
  • 衞門
  • 兵衞、
  • 豐丸、吉
  • 五郎右
  • 金藏院
  • 女子豐臣家の臣坂井半左衞門成政か妻
  • 女子豐臣家の臣奧村平兵衞某か妻、
  • 直成
  • 法印

頭注

  • 秀吉ニ仕
  • 義晴ニ仕
  • ヲ再植ス
  • 唐崎ノ松
  • 履歴

  • 元和六年正月二十五日

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  • 一五〇

注記 (34)

  • 749,704,60,2108にといへとも、三好長慶ろために攻落されん〓を慮り、かの城を退き、そ
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