『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.391

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らゝくる嫡家乃譜をもつ〓、具にこまを記す、, 四年正月十二日、松千代君八歳にしだうをたまひしかは、同母乃御弟, 八日、忠輝朝臣御勘氣かうぬりたがひしにいたり〓、嫡流は斷絶すと, ほしめはき、其長女成長をは、聟をえらひ〓嫁す〓しとて、粧田を賜ひ、, 呈をし系譜乃まゝを載しにより、其傳詳ならさるか、今親悦、親芳等ろ, は、康直か事蹟上にしるすろこととにし〓、康直死して嗣なかりしか, 澤の名蹟となさま、康直か妻と幼女とは、本多康高に預ずたまふ、慶長, 早世乃ゝち、上総介忠輝朝臣また家督を繼をたxふといふ、今乃呈譜, すといふものは、當時嫡流斷絶し、りつかに存するとこ推乃庶流より, しかは、東照宮乃御子松千代丸、仰により〓、長澤の嗣となり、松千代丸, き、父母家名乃絶しことを歎きて訴申をしに、東照宮にも、あはきみお, いふ、ここによるとやき、寛永系圖、源七郎某故ありて家を繼ことを得, 忠輝朝臣にまた其遺領をたがひ、長澤乃家督となさる、元和二年七月, 康直か遺領き、松千代君にまいらをらき、其家臣をも附屬〓ら〓〓、長, 〔元和年録〕坤一八月、松平元齋京と而死去、是は三州長澤之松平之惣領, 元和四年雜載, 三九一

  • 元和四年雜載

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  • 三九一

注記 (17)

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