『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.908

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一郎ら十一級を得たり、其外雜人を討捕事らしるすにいとまあらに、この, 甲斐駿河乃さかいを守お〓しとの台命あり、これによりく、まさに歸らん, 入、且吉田村、西の海村、生死村の一揆蜂起して、小田原勢に合力し、守を討と, としく、柏坂峠をすくる時、本栖乃飛脚來り告ていはく、小田原勢郡内に亂, らんと議するなり、是によりく、又新府に歸、大久保新十郎をもつき、大權現, 事大權現の台聽に達し、其戰功を感し給ひ、本領兩所の案堵をたまはま、同, 馬に先立て供奉し、甲州新府に至る、大權現乃おほせに、本栖に歸て、かたく, る、同年大權現甲州へ御發向乃とき、鈞命によりて、山路乃案内者となり、御, 左陪臣江尻與兵衞尉、守をすゝめ、信長につかへしめんとして、弊物を送る, といへども、其事にしたがはず、遠州濱松に行く、大權現ににのへ〓そまつ, 追討、小田原勢防戰ふ事あたはずして退散す、守は頭分の首十三級を取、彌, 年七月、山中在住の侍十七騎、歩同心二十人附屬せらる、御朱印の寫にいは, にかへり、小田原勢をよび一揆の者丸井の山中へ押込、〓〳〵と守これを, すへしとのたまひ、且加勢として、阿部彌一郎を添らお、守と彌一郎と本栖, の台聽に達す、其時仰に、いそた本栖に歸、小田原勢および一揆の輩を誅伐, 守本栖ノ, 揆ヲ平, 天正十年七月三日, 九〇八

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  • 守本栖ノ
  • 揆ヲ平

  • 天正十年七月三日

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  • 九〇八

注記 (19)

  • 400,674,61,2175一郎ら十一級を得たり、其外雜人を討捕事らしるすにいとまあらに、この
  • 1324,656,60,2195甲斐駿河乃さかいを守お〓しとの台命あり、これによりく、まさに歸らん
  • 1091,654,61,2192入、且吉田村、西の海村、生死村の一揆蜂起して、小田原勢に合力し、守を討と
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