『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.662

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く、我ずいりくした明神なり、久しく師の道徳を仰く、願はくはわれし〓に, 境なりたれば、誠に棲神の地なりとよろこびたまへり、彼書簡を小河氏へ, 院にも幽棲し、あるひきよし野西行庵の舊せきにも住居せらる、, つたへたたひけるに、宿世の因縁にや、一たび相見しくより、深く崇敬のこ, つりにる、時の人これを名だ第て岡の菴といふ、今の光明院これなり、はじ, つてしば〳〵勢州山田の源福寺、石州都川の杖溪寺に往來せり、洛東一心, ゝろざしあり、法要を問ひ、示誨をうけて、〓仰いよ〳〵髓に徹す、遂に土地, め師嚴島の近里に宿せられけるとを、夢中に明神來現ありてほげたまは, をゑらび、神社の東の岡に一宇の草庵をむすびて、常に供養をなしたてた, の住人に小河及西といふものと舊識なりれは、彼檀越の書簡を得て渡, 海したたへり、師島上にいたりて見わたしたたふに、聞しにまさりたる靈, のりて興法利生したまへと、夢さめて島にいたり一覽せられ〓るに、紫の, 師一時筑後の善導寺にゆを、祖師堂にいりく、晨香夕燈つとめて三祖, 勝境なりと聞て、登臨のこゝあざしあり、爰に善導寺の檀越なる人と、嚴島, の鴻恩を報謝せらる、ときに藝〓嚴島き、神徳靈威にして、天下の, 聖光上人, 圓光大師、, 善導, 大師、, 庵ヲ結ビ, 岡ノ庵, テ住ス, 嚴島神社, 嚴島ニ渡, ノ傍ニ草, 光明院, ル, 慶長十九年九月十四日, 六六二

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  • 聖光上人
  • 圓光大師、
  • 善導
  • 大師、

頭注

  • 庵ヲ結ビ
  • 岡ノ庵
  • テ住ス
  • 嚴島神社
  • 嚴島ニ渡
  • ノ傍ニ草
  • 光明院

  • 慶長十九年九月十四日

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  • 六六二

注記 (29)

  • 302,603,59,2210く、我ずいりくした明神なり、久しく師の道徳を仰く、願はくはわれし〓に
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