『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.359

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

覺ず、せめては父子の内一人渡海ありて、一人はとまりたまへといひ家れ, く渡海せよとの事なり、時に家老しゐて諫ていはく、是はしりるべしとも, 碇をおろし家れは、元就よろこぶ事りぎりなし、, くる、元就も又、船を一日の間りしたまへ、嚴島へ渡てのち、るがてふ〓を返, れは、網の下より出て、みはりら櫓をおし、城の岸きはに付て城中に籠る、こ, 日市との間へ、大船三百餘艘を漕出す、敵も味方もこれを見て、沖の警固船, 元就りならず戰勝屋し、いそき加勢して然べしとて、來島、能島等嚴島と廿, もいふよし、異見をくはふといへども、元就更に承引せす、隆元、元春も同じ, まへといふ、來島通康是を聞て、河野にいひけるは、船のりりやう各別なり、, か、しりらずは何方へもゆく加勢舟りと相望所に、廿日市の沖へ漕よせく、, れよりさき、陶より伊豫の河野へ加勢の船をかしたまへとりふていひを, ゝりしあひだを、魚商人の躰にもてなし、ゆる〳〵と通りて、礒近くなりけ, すべし、軍に勝時は舟おほし、まくればすなはち討死す、只著岸の内かした, おし渡るべしといふ、各これを聞て、風雨あらくして船出しがたしと、船頭, 弘治元年十月晦日、大風大雨なり、元就軍に勝べき吉日なれば、今夜嚴島へ, 嚴島ノ戰, 元龜二年六月十四日, 三五九

頭注

  • 嚴島ノ戰

  • 元龜二年六月十四日

ノンブル

  • 三五九

注記 (18)

  • 283,642,62,2191覺ず、せめては父子の内一人渡海ありて、一人はとまりたまへといひ家れ
  • 400,646,61,2189く渡海せよとの事なり、時に家老しゐて諫ていはく、是はしりるべしとも
  • 866,647,58,1425碇をおろし家れは、元就よろこぶ事りぎりなし、
  • 1560,655,69,2186くる、元就も又、船を一日の間りしたまへ、嚴島へ渡てのち、るがてふ〓を返
  • 1795,657,66,2186れは、網の下より出て、みはりら櫓をおし、城の岸きはに付て城中に籠る、こ
  • 1095,650,65,2196日市との間へ、大船三百餘艘を漕出す、敵も味方もこれを見て、沖の警固船
  • 1213,651,65,2189元就りならず戰勝屋し、いそき加勢して然べしとて、來島、能島等嚴島と廿
  • 511,647,66,2187もいふよし、異見をくはふといへども、元就更に承引せす、隆元、元春も同じ
  • 1331,652,64,2207まへといふ、來島通康是を聞て、河野にいひけるは、船のりりやう各別なり、
  • 979,650,64,2204か、しりらずは何方へもゆく加勢舟りと相望所に、廿日市の沖へ漕よせく、
  • 1681,654,63,2189れよりさき、陶より伊豫の河野へ加勢の船をかしたまへとりふていひを
  • 1911,672,63,2172ゝりしあひだを、魚商人の躰にもてなし、ゆる〳〵と通りて、礒近くなりけ
  • 1447,653,64,2189すべし、軍に勝時は舟おほし、まくればすなはち討死す、只著岸の内かした
  • 626,653,67,2185おし渡るべしといふ、各これを聞て、風雨あらくして船出しがたしと、船頭
  • 745,648,65,2177弘治元年十月晦日、大風大雨なり、元就軍に勝べき吉日なれば、今夜嚴島へ
  • 763,292,41,167嚴島ノ戰
  • 186,727,44,376元龜二年六月十四日
  • 182,2440,44,125三五九

類似アイテム