『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 2 p.111

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の書およひ佛經を參考し, 道善幽魂の語、佛像肉髻相の事等を附録にして、こと〳〵く是を辨し、俗説のあやまり, を正す、その末に論する略に張榮か模刻して〓然法師の持傳て歸朝有し六十六代一條, いふへし、浚明又いはく、たとへは百千歳の後、今の世に作れる佛の像をも等身の佛と, 寺の考に花鳥餘情を引て、嵯峨の釋迦は〓然か入唐して渡奉る佛なり、但、清涼寺とい, いへるか如きは正身の佛にひとしといふの意なり、此類は文勢のやむ事なき事常の習な, 三國傳來の説およひ第二傳の説を破す、極て的確なり、, 木有數種事、〓然法師西土往來年代の事、清涼寺燒亡の事、佛工毘首羯摩の事、小淵郷, 宋國の一盜のみ、沙門戒あり、おそらくはしからすといへる、〓然か千古の寃を雪くと, 中にも伊〓子か閑際筆記に第二傳の説を辨して、もし信にその事ならは〓然はすなはち, 釋迦堂の事、其名異にして今の實はおなしきものとおもふへしなといへる、臆度に出る, にあらす、〓然か事跡およひ釋迦佛像虚空にかゝり給ふといふ事、御身拭の事、佛像用, るへしと、是縁起を廻護せるに似たれとも、其理なきにしもあらす、また棲霞寺・清涼, 寺釋迦堂と記せり、〓然渡し侍る先にも釋迦堂は有りしなりと、浚明か案るに、棲霞寺, ふ名は昔よりありしなり、貞觀七年の國史に見えたたり、又李部王記に天慶のころ棲霞, 古佛のことくふすもらかし黒めて、本佛を盜てかへりしとしるしたり、浚明か是書和漢, 引書凡六、, 十餘種, 棲霞寺清涼寺, ノ考, 別紀第二(山城), 一一一

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  • 引書凡六、
  • 十餘種

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  • 棲霞寺清涼寺
  • ノ考

  • 別紀第二(山城)

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  • 一一一

注記 (22)

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