『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.563

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を賜ひ、武藏國比企郡乃うちにをいて、すへて三千石を知行し、足輕三十, を引具し、したろひすてまつる、太閤他界のゝち、伏見をよひ大坂におは, 原乃役にも、輕卒を率ゐだ御旗本にあり、關東御入國のゝち、新恩二千石, 田城にいたり、本丸を守り、左衞門某をして二丸を守らしむ、十八年、小田, します乃とき、常に御傍に勤仕し、黄西湖乃茶壺をすたふ、こ乃ゝち仰に, 人をましたまひ、前に合せて五十人をあた〓らる、十九年、陸奧國九戸一, 列し、年ころの軍功を賞をらきて、南蠻鎧を賜ひ、こもきを著し、わかやきて, よりて、手桶乃かたちを染いたしたる指物をもちふ、慶長五年、大坂西乃, 陣をとり、こきを攻んとす、ときに守綱、東照宮乃仰により、援兵として黒, き、制法を沙汰す、文祿元年、東照宮肥前國名護屋に御在陣あり、守綱輕卒, 丸にをいて諸將をめさに、上杉景勝御征伐のことを議とらるゝの席に, 佐、水野左近大夫正重等とゝもに台命を奉はりて、松嶋の近邊におもむ, 揆乃とき、同國岩手澤がて扈從し、一揆等沒落乃ゝち、大久保治右衞門忠, 尾張國黒田城を守衞す、淺野彌兵衞長政、木村常陸助重高等川を隔〓ゝ, を點檢し、軍士乃甲乙を詮議す、こ乃年、澤井左衞門某、織田信雄かために, 小田原ノ, ノ城ヲ守, 肥前名護, 屋ニ出陣, ノ戰, 陸奧九戸, 尾張黒田, 役, ル, 元和六年四月九日, 五六三

頭注

  • 小田原ノ
  • ノ城ヲ守
  • 肥前名護
  • 屋ニ出陣
  • ノ戰
  • 陸奧九戸
  • 尾張黒田

  • 元和六年四月九日

ノンブル

  • 五六三

注記 (26)

  • 1288,706,61,2099を賜ひ、武藏國比企郡乃うちにをいて、すへて三千石を知行し、足輕三十
  • 705,706,62,2101を引具し、したろひすてまつる、太閤他界のゝち、伏見をよひ大坂におは
  • 1402,704,60,2102原乃役にも、輕卒を率ゐだ御旗本にあり、關東御入國のゝち、新恩二千石
  • 1516,702,61,2101田城にいたり、本丸を守り、左衞門某をして二丸を守らしむ、十八年、小田
  • 592,710,60,2097します乃とき、常に御傍に勤仕し、黄西湖乃茶壺をすたふ、こ乃ゝち仰に
  • 1174,706,61,2076人をましたまひ、前に合せて五十人をあた〓らる、十九年、陸奧國九戸一
  • 244,708,62,2099列し、年ころの軍功を賞をらきて、南蠻鎧を賜ひ、こもきを著し、わかやきて
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