『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.317

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す、小旗等を分捕す、後仰によりて、南し御堂に陣をうたす、十二月十六日, み、士卒〓〳〵く川をわたし、水陸しとしく攻々きは、すちまちにこ〓を, 岡監物貞安、御宿勘兵衞正倫等、至鎭か陣所に夜討す、ときに中村重勝諸, 乃夜深更にをよむて、敵將大野主馬治房か配下の士塙團右衞門直之、長, し番船要害を搆へしろは、手勢をむきゐ〓押よせ、船手は森甚五兵衞村, 重、同甚太夫氏純、同藤兵衞村近指揮をたたへ、陸地中村重勝眞先に進, むて、敵仙波の町を燒はらふにより、晦日乃早天に兵を出し、にくをを追, 中村重勝に諸士數多をさ〓多、こきをまもらしむ、二十九日、伯樂淵に、敵, うめり、愈すして、つゐに死す、〓乃餘疵をう之る者またおネし、夜にをよ, 〻御使を下さなといへとも、守衞のため、其日は退陣さす、柵をかづへて、, 門之村、廣田加左衞門元重も奮戰して、各首一級を得たり、村近は疵をか, 卒に下知して奮戰し、稻田示植は鎗をあはせて疵をかうぬり、さ乃男九, 追はらふ、こ乃とき森村重力戰し、森氏純、同村近、敵と鎗を合せ、森長左衞, し働き詳に言上す、のちすみ屋かに穢多崎を引とるへき乃む〓、しは〻, 田織部佐宗登、樋口内藏助正重かかけむき乃ありさが及ひ村重か船手, 元和六年二月二十六日, 三一七

  • 元和六年二月二十六日

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  • 三一七

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