『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.354

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より郡山まて、凡十里乃道程を隔れにより、いまた軍を發せのむさきに、敵, て松倉豐後守重正と議し、嘉以き其日乃霄より曲川, かき、本多正純か許より御喜色乃む手返翰を贈お、二十七日、大坂乃城兵大, 徃來の人を檢察し、かの地におもむくもの三人をとらへて、伏見に獻せし, ゝちに御所にいたり、松倉の勢にはせくはゝる、しかなに重正か居所五條, 乃うち、大坂城中に志を通すなのよしきこユあむ母とり、其通路にいてゝ, 出張し、, 所々に放火し、すゝむて御所にいたま、重正等これをきゝてすみやの母打, を發し、味方, ふへきにあらさ象しかは、重正かもとに申をくる、重正もすてに軍を發し、, 和國に進發して、郡山乃城下に放火し、御所村に亂入せむとす、こゝ母をい, 道ゆして喜以か使にあひ、かしこにをいて會すへきむ手こたへしかき、た, 乃勢のはせ集るをまつといへとも、來よものなく、手勢乃み母してたゝか, 水野日向守勝成か手に加はりて、出張すへきむ手おほせを蒙む、四月、諸十, 立といへとも、夜あ〓にをよひて御所にいたり、敵すてに退散し、南江, 藤堂嘉以將監、元和元年再亂のときは、御先手, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛政重修諸家譜〕九百藤堂嘉以將監、元和元年再亂のときは、御先手, ○高市郡, 金橋村, ○下, 葛城, ○北, 略, 九百, 藤堂嘉以, 元和元年四月二十七日, 三五四

割注

  • ○高市郡
  • 金橋村
  • ○下
  • 葛城
  • ○北
  • 九百

頭注

  • 藤堂嘉以

  • 元和元年四月二十七日

ノンブル

  • 三五四

注記 (28)

  • 396,660,72,2226より郡山まて、凡十里乃道程を隔れにより、いまた軍を發せのむさきに、敵
  • 980,656,67,1573て松倉豐後守重正と議し、嘉以き其日乃霄より曲川
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