『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.804

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口乃寄手みな國府乃南にあほまり、この地四方一里のあ心た、たゝ井伊直, より若江にむかひ、木村か先手へ銕炮をは〓ち、敵すこしく崩るゝところ, 右備良勝か先隊梅原勝右衞門武政は、已に玉串のかたに軍をすゝめ、こ〓, して盛親か本陣に入、一手き西郡をさして逃ゆき、木村重成か兵に加はる、, 守重成か先手て、若江に出張し、長曾我部宮内少輔盛親は、久寶寺の町口よ, 孝乃外たのむへき味方れし、後援の乃そみをちく、必死の戰を決すへし, 某等は、すくに萱振に屯せり、高虎か中備乃先手藤堂高吉か銕炮及ひ母衣, 陣にも、藤堂釆女元則をして、このよしを通す、ときに大坂乃軍將木村長門, のもの、萱振にむかひ押來る敵の中をのりわり血戰す、敵やふれて二手に, り八尾乃かたにすゝみきたり、増田兵部盛次をよひ盛親か先手吉田内匠, わかれ、一手は萱振乃西へひきしりそくを追討せしかは、ことことく敗北, 左の先手を援けて横鎗を入へしと軍令をつたへ、兩御所乃御陣に、家老福, 永彌五左衞門某をつかはして、前件乃趣を具に告たてまつり、井伊直孝か, といひをくり、かつ中備藤堂宮内少輔高吉、旗本乃先手藤堂勘解由氏勝は、, へ鎗を入、奮戰して首數級を得たり、このとき井伊直孝か先陣も、またすゝ, 曾我部盛, 若江二長, 親八尾ニ, 増田盛次, 中備藤堂, ノ兵ヲ破, 木村重成, 萱振ニ屯, 高吉萱振, ス, 元和元年五月六日, 八〇四

頭注

  • 曾我部盛
  • 若江二長
  • 親八尾ニ
  • 増田盛次
  • 中備藤堂
  • ノ兵ヲ破
  • 木村重成
  • 萱振ニ屯
  • 高吉萱振

  • 元和元年五月六日

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  • 八〇四

注記 (27)

  • 1796,637,66,2230口乃寄手みな國府乃南にあほまり、この地四方一里のあ心た、たゝ井伊直
  • 270,659,69,2212より若江にむかひ、木村か先手へ銕炮をは〓ち、敵すこしく崩るゝところ
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  • 1093,640,68,2226守重成か先手て、若江に出張し、長曾我部宮内少輔盛親は、久寶寺の町口よ
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