『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.582

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田長政兵を率ゐてはせ來り、諸軍も相繼て至るにより、敵敗走して船に, を隔て相挑、後金命元等城上より望みておもへらく、敵怠る色あり、夜に, 壽等、守をすてゝ遁れ去、諸將すてに陸に上るといへとも、城内備あらん, 乘してこれを襲ふたしと、すなはち精兵をえらひ、高彦伯をして將置ら, て軍をわたす、時刻を失して、十四日昧爽に及ふ、諸陣いまた起す、よりく, に戰死す、義智みつから敵數人を斬、家臣等もまた奮戰して防く、時に黒, しむ、其夜彦伯兵を率ゐて、浮碧樓より綾羅の渡りに下り、潛に船をもつ, るを恐れて船をよせす、よりて彼船にのらんとして溺死するものは〓, 赴き岸にのそむ、中流の船これを見るといへとも、義智等か兵の後に迫, 等、とゝまりてこれを守る、義智兵を十餘備にワかち、沙灘より上陸し、江, 彼所は水淺して渉るへきをしり、わか諸軍王城灘よりワたる、其夜尹斗, 義智か陣營を〓、前隊の將杉村宇吉郎智清等急に起て接戰し、智清等終, 〓を恐れてあへて進ます、夜明て牡丹峯に登り望見るに、人更になし、す, はた多し、餘兵これを見て王城灘乃淺瀬を渡る、こゝにをいく、はしめて, なはち平壤城に入、義智之東城を守衞す、七月十九日、これより先、朝鮮王, 元和元年正月三日, 敵ノ襲撃, 義智ノ營, 義智平壤, 城ヲ守ル, 二入リ東, ニ遇フ, 五八二

頭注

  • 敵ノ襲撃
  • 義智ノ營
  • 義智平壤
  • 城ヲ守ル
  • 二入リ東
  • ニ遇フ

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  • 五八二

注記 (23)

  • 968,708,68,2148田長政兵を率ゐてはせ來り、諸軍も相繼て至るにより、敵敗走して船に
  • 1672,708,65,2142を隔て相挑、後金命元等城上より望みておもへらく、敵怠る色あり、夜に
  • 385,706,63,2142壽等、守をすてゝ遁れ去、諸將すてに陸に上るといへとも、城内備あらん
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  • 1321,709,65,2144て軍をわたす、時刻を失して、十四日昧爽に及ふ、諸陣いまた起す、よりく
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  • 1438,711,65,2135しむ、其夜彦伯兵を率ゐて、浮碧樓より綾羅の渡りに下り、潛に船をもつ
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