『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.590

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老、光陽縣監李春元等固く守るの故に、城を落すを得す、十五日、義智諸, す、元均及ひ全羅右水使李億視等戰死す、こゝにをいて諸將勝に乘して, ぬたゝひ諸將とともに進み大に戰ふ、義智か家臣等奮討て三船を乘取, 將と議し、田禾及ひ雜草をからしめてこ〓を束手、夜に乘してむ〓かに, 正は蔚山に居し、行長は順天にをれり、時に明の將楊鎬蔚山をせむ、正月、, をせむといへとも、總兵楊元、全羅兵使李福男、南原府使任鉉、助防將金敬, 元、唐將接伴使鄭期遠等戰死す、南原すてにおちいりしかは、全州以北〓, 行長順天より兵を發し、義智ず南海より軍を出して蔚山を救ふ、楊鎬こは, 至り、陸に上りて南原に赴く、十三日、南原城にい量り、銕炮を放ちてこ〓, 加藤、福原、脇坂等の諸將もたゝかひを勵し、數十艘を乘取、百餘艘を燒討, 濠中に入て埋くさとし、城に登りて奮戰す、家臣等討死し、或は功をあら, 西にむかふ、南海、順天の守兵みなのかれさる、義智、行長と共に豆耻津に, はす、こゝにをいて城遂に陷〓、楊元き遁れさり、李福男、任〓、金敬老、李春, 〳〵く落城す、三年、これより先、諸將城を南海に筑く、義智これを守る、清, れを聞て遁れ去、このとき、行長明兵乃ます〳〵い〓るを聞て、順天を退, 元和元年正月三日, 義智蔚山, ヲ丁ル, 攻メテ陷, 行長ト共, ヲ援フ, 二南原ヲ, 義智南海, 元和元年正月三日, 五九〇

頭注

  • 義智蔚山
  • ヲ丁ル
  • 攻メテ陷
  • 行長ト共
  • ヲ援フ
  • 二南原ヲ
  • 義智南海

  • 元和元年正月三日

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  • 五九〇

注記 (25)

  • 1102,705,64,2151老、光陽縣監李春元等固く守るの故に、城を落すを得す、十五日、義智諸
  • 1572,706,62,2151す、元均及ひ全羅右水使李億視等戰死す、こゝにをいて諸將勝に乘して
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