『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.426

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藤清兵衞某等、かたく門をとつるといへとも、敵兵例ゐに外廓を攻破り, 陽に來る、幸長物見の兵乃〓さよゝことをいかり、すれはち兵を率ゐそ, 兵粮を奪ぬに至る、三年正月三日、諸將數万騎を率ゐす、明兵のうしろま, いへとも、漸粮とほしうして、雜兵等、闇夜にまきれて城外に出、死人乃腰, しむかむとす、時に數万の敵兵、前路を遮りとゝむ、幸長、大にぬるひ戰す, いりといへとも、敵兵數万にして寡兵敵しつた〓により、蔚山乃城にお, きし、其兵十餘里乃間にさゝふ、敵將揚鎬こはれを防く事あたはす、明日か, 日、明國乃軍兵夜に乘し〓襲ひ來李ま、數百人をころし、早天にをよひず〓, きゝ、五百騎を率ゐ之加勢するニより、城中力を得て、晝夜〓せき戰ふと, 多く疵をかう〓り、馬しなしふはた切面ふらる、このとき、家臣龜田大隅, 將これに會合しず四方を圍む、時に加藤清正、機張にありて、このよしを, しかは、大田飛騨守一吉、をよひ秀元か家臣六戸備前守元續とゝもに、二, こみを解て、慶州にかへらんとす、敵兵これを聞、其夜にけ走る者半に過, 高綱、敵將をきるにより、敵兵猶豫す、其むまに城中に入ことを得をり、加, 丸本城を守る、二十三日、明の將李如梅、楊登山等、大手口に陣し、其餘乃諸, 慶長十八年八月二十五日, 加藤清正, 城兵ノ困, 幸長ヲ援, 彦陽ノ苦, 幸長奮戰, 疵ヲ蒙ル, 戰, 難, フ, 四二六

頭注

  • 加藤清正
  • 城兵ノ困
  • 幸長ヲ援
  • 彦陽ノ苦
  • 幸長奮戰
  • 疵ヲ蒙ル

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  • 四二六

注記 (26)

  • 1101,740,62,2142藤清兵衞某等、かたく門をとつるといへとも、敵兵例ゐに外廓を攻破り
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