『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.581

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ふ所を决す、清正は咸鏡道を得、行長は平安道を得たり、よりて義智、行長, とゝもに北に向ふ、六月十日、義智、行長、黒田長政とゝもに大同江の南に, いたる、巡邊使李鑑こもを守〓、義智か前隊江をつたりく、すてに岸に近, く遁れ走る、諸將安城の驛にすゝむ、このとき行長、清正〓を拈してむか, しめす、申砧これを見く、江をわたり追討せんと欲す、別將劉克良かいは, く、おそらくき詐あらん、輕〳〵しくすゝむへからす、申砧きかすしてわ, に及へり、一日諸將相議して營を焚、軍器を載く過き去らんとする状を, の船をおさむるか故に、渡る〓をえす、よりて江を隔て陣する事十餘日, つかんとするとき、李鑑急に軍士をだろ〓でこれを射さしむ、家臣矢に, してく討、〓も克良も共に命を須す、家臣中原久内安忠、勇を奮つく江をわ, 中り、枕をならへて死するもの五人、義智上るををえす、退きて陣す、十一, たり、守兵若干を斬、諸將もまた兵を率ゐて相つゝく、金命元かなはすし, たよ、劉克良憤激して先に進む、諸將これをまちうけ、山の後より兵を發, これを賞をらる、この日臨津の南にいたる、金命元、申〓等灘を守り、江中, 日、國王平壤を出て義州に走る、左相尹斗壽、都元帥金命元、巡察使李元翼, 元和元年正月三日, 大同江ヲ, 渡ラント, 臨津江ヲ, 義智等平, 渡ル, ヲ設ケテ, ト共ニ平, 安道ニ向, シテ果サ, 義智等謀, 壤ヲ攻ム, 義智行長, フ, ズ, 五八一

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  • 大同江ヲ
  • 渡ラント
  • 臨津江ヲ
  • 義智等平
  • 渡ル
  • ヲ設ケテ
  • ト共ニ平
  • 安道ニ向
  • シテ果サ
  • 義智等謀
  • 壤ヲ攻ム
  • 義智行長

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  • 五八一

注記 (31)

  • 874,696,60,2138ふ所を决す、清正は咸鏡道を得、行長は平安道を得たり、よりて義智、行長
  • 758,695,59,2136とゝもに北に向ふ、六月十日、義智、行長、黒田長政とゝもに大同江の南に
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