『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.340

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に理なり、こゝにをひて台徳院殿釣命をくたしてのたまはく、向後もしか, 上し奉多ところに、折節本多佐渡守御前に候していはく、政世が申所、ま〓, 安藤正次, くの〓くの事あらば、力をつくし忠をぬきんて、汝あひはかりてく討へしと, をかまへ銕炮をかけて並居たり、右馬允是ををひちらさんといひけれは, 衞といふ者、柵の木をふみやふり、敵兵もつ所の槍をうばひとり、かへりてく, 世ならびに屋代、安藤、その心を一にして、自身馬をすゝめくこれをゝふ、こ, れによりて士卒又柵の中ににけかくよ、時に政世に屬すな浪人安西金兵, 慶長十九年、大坂兵亂の時、正, 〓り、その翌二十六日、敵又足輕數多を出し、鐵炮をはなり、こゝにをひて政, 共に、鳴野におもむひて奉行となな、同十一月廿三日、敵兵鴨野に出張し、柵, 其槍をもつて敵兵をつき、士卒ををひはらふ、金兵衞、いまは松平土佐守直, 次御陣所に在て、, 正次かいはく、これ追ちらさん事いとやすし、然とも、此所の地形あらはに, 大坂にあり、上杉景勝鴫野に陣をはな、時に正次、屋代越中守、伊東右馬允と, 久がもとにあり、, 日夜先陣の〓使として, 〔寛永諸家系、圖傳〕, ○譜牒餘録後編ニハ「大坂御陣之, 時供奉至伏見御陣所割加」トアリ, 次右衞, 門尉, 二十, 九, 正次, 軍監安藤, 慶長十九年十一月二十六日, 三四〇

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  • ○譜牒餘録後編ニハ「大坂御陣之
  • 時供奉至伏見御陣所割加」トアリ
  • 次右衞
  • 門尉
  • 二十

頭注

  • 正次
  • 軍監安藤

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 三四〇

注記 (28)

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