『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.547

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輔三成より扶持を得たりし事ありともいへり、, 有ゆへ、左にしるす、これゟ先〓鍛冶修行のため京都へ登りし比、石田治部少, 山海へ下り、國廣於釜山海湊造之と打しも有物也、銘中心如此にて色〳〵, う別て委細也、しかれとも地〓こたかにうるはしくと有は相違、惣して國, 廣の作は、地〓ざんぐりとして、地のうち一にえこみうるはしき鍛なり、大, 和ものなどの鍛と同し、先板に江州佐和山住國廣と見へたり、元來國廣は, 日州飯肥伊東家の御抱鍛冶、よつて日州古屋にても打、又朝鮮征伐の時、釜, に種々の見や, 〔新刀銘盡續集〕一國廣信濃守藤原國廣先板, 寢ニ慶長十五捻二月日曰, 洛陽爺、在信濃守藤原國廣〓, ○新刀銘, 盡ヲ指ス, 抱鍛冶, 伊東家ノ, 丸宗, 慶長年中, 五四七

割注

  • ○新刀銘
  • 盡ヲ指ス

頭注

  • 抱鍛冶
  • 伊東家ノ

図版

  • 丸宗

  • 慶長年中
  • 五四七

注記 (18)

  • 394,618,58,1440輔三成より扶持を得たりし事ありともいへり、
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