『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.431

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して敗軍の士卒を集め、大坂え引退く、岸の和田の押に差置たる大野道犬, 岸和田の敵途中を支へ、其節若紀州勢慕ひ來らは、前後の難儀なれはとて、, 主馬をも不待合して、我先ニと大坂え引入る、中ニも大野は本道を引取は、, 扨相違如斯、首尾の文段は右のことく寫し一致なり、扨大野主馬之助治房, 亦一書ニき、依之御使者え御馬被下候と有、, 前迄馳向ひしかとも、紀州勢はや椿坂迄も可引取と聞、詮方なく、其邊放火, 濱路を傳ひて忍ひ〳〵ニ引取候處、岸の和田城將小出金森、此よしをしら, のことく、紀州一揆の相圖に任せ、軍を始むへしと覺悟の處、案ニ相違して, 先駈の勢樫野井ニ而合戰ニ打負、塙谷輪を始め、歴々の勇士とも討死し、岡, 部は手員て敗軍ニをよひしと告來を聞く、大ニ驚き、急ニ打立、蟻通明神之, 又一書ニき、御感不斜、因是御馬被下と有、, 一書には、兩人之使者御前え被召出とあり、, 齋宮平七郎、并堺の驚槇木嶋玄蕃、同嫡庄大夫、赤座内膳等、彼敗軍を傳聞て、, は、貝塚の頼泉寺に入て酒宴をして、岡部塙か拔懸をは不知して、兼而手合, 右奉書之寫文ニ三樣ニあり、未知何是なる哉, 大坂ニ退, 等モマタ, 先鋒ノ敗, 等大坂勢, 大野治房, 小出吉英, 軍ヲ聞キ, 軍ヲ退ク, ヲ追撃ス, 大野道犬, ク, 元和元年四月二十九日, 四三一

頭注

  • 大坂ニ退
  • 等モマタ
  • 先鋒ノ敗
  • 等大坂勢
  • 大野治房
  • 小出吉英
  • 軍ヲ聞キ
  • 軍ヲ退ク
  • ヲ追撃ス
  • 大野道犬

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四三一

注記 (28)

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