『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.388

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けるを口惜おもひ、一騎にて敵の中へかけ入、高名して歸りたる、此一二の, 一番鎗し侍る、家康公より御感状頂戴す、謙信は青竹三尺餘にして、角取紙, 事と思ひ給て、安田を二のめに置給ひし、安田はおもひの外二のめになり, おもひのまゝに横〓りを入たりたれは、大坂勢みたれて、城中へ引取たる, 隅田大炊き二のめを先手に置替られたるしるしもなく、我備敗軍したり, 心ある事なり、安田上總介は老武者にて武功あ〓、隅田大炊は若輩者にて, 大坂志宜野にて、安田上總介を二乃めに置、隅田大炊を先手に置替給ふは、, 鎗は其方〓るへしと申されにる、玄蕃承り、中々某と申たる、果して其日の, 武功なし、しかるに志貴野口は、七手組にて能士共の持口なれは、二のめ大, し事をいと無念におもひ、備をひらきくたてをり、是は隅田若者なれは、七, 備をかへられたるは、村田川にて、謙信、里見義弘と合戰の時、加勢に先鋒を, ち、人數を下知せられたる、, を付て人數をあつかはれたるくし、景勝も其例にや、大坂にてくは青竹をも, 手組にまくりたてられむとおもひてなり、案の〓く、隅田備敗軍しく、安田, たのまれけるとにたる手たて也、此時鐵孫左衞門は、始終の勝負を工夫し, 指揮ス, 陣ト二陣, 二テ軍ラ, 景勝ガ先, トヲ置替, 景勝青竹, ヘタル川, 慶長十九年十一月二十六日, 三八八

頭注

  • 指揮ス
  • 陣ト二陣
  • 二テ軍ラ
  • 景勝ガ先
  • トヲ置替
  • 景勝青竹
  • ヘタル川

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 三八八

注記 (24)

  • 398,653,60,2211けるを口惜おもひ、一騎にて敵の中へかけ入、高名して歸りたる、此一二の
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