『大日本史料』 1編 20 天元 5年閏12月~永観2年2月 p.312

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

た異本二つをあなくりえて校へわたすに、おほかたよみえらるへくなむなりにける、, 勝負をつけられさりしも、一人の口よりものせられたるかうへに、左右ともに勝を競, 首載られたるにも、皆よみ人しらすとあるなとをもて知るへし、後に吉田敏成云、此, に勝を競ひて讀出し、後に別人に判せさせむとてものせられたりけるか、判の事はな, に備へつ、かくてつら〳〵讀み考ふるに、此歌合は、順朝臣の家に人々あつまりける, のかはれるはなし、されは此は順ぬしの心ひとつにおもひよられたるを、競馬に准ら, とき、ふと競馬に准らへて、馬の毛色を題にて歌合し興せむと云ひあはせて、かたみ, へて歌合にはつかはれたるなるへし、故よみ人をしるさゝることわりもあきらかなり、, 故いまそれらの本ともをよみあはせて、よしと思はるゝかきりを撰ひとゝのへて、あ, らたに書うつして本書とし、誤れりと思はるゝかたをは其歌ともの末に注して後の考, 説もさることなれと、すへての歌さまをおもふに、みな一人のよみぬときこえて、趣, くて止みたりしなるへし、其は左右のかたわきてよまれたるに、勝負の筆も加はらす、, ひたるさまにかまへてよまれたれは、それにゆつりて、さらに勝負の筆は加へられさ, はたよみぬしの名をも記されす、夫木抄廿七卷に、源順家馬毛名歌合とて、此中の歌三, セル人ノ競, テ馬毛ヲ題, 吉田敏成ノ, 順一人ノ詠, トシテ歌合, 馬ニ准ラヘ, 順ノ家ニ會, ヲ試ミシカ, ナリトノ説, 永觀元年是歳, 三一二

頭注

  • セル人ノ競
  • テ馬毛ヲ題
  • 吉田敏成ノ
  • 順一人ノ詠
  • トシテ歌合
  • 馬ニ准ラヘ
  • 順ノ家ニ會
  • ヲ試ミシカ
  • ナリトノ説

  • 永觀元年是歳

ノンブル

  • 三一二

注記 (25)

  • 1823,669,54,2141た異本二つをあなくりえて校へわたすに、おほかたよみえらるへくなむなりにける、
  • 306,664,58,2187勝負をつけられさりしも、一人の口よりものせられたるかうへに、左右ともに勝を競
  • 805,660,57,2189首載られたるにも、皆よみ人しらすとあるなとをもて知るへし、後に吉田敏成云、此
  • 1197,669,57,2177に勝を競ひて讀出し、後に別人に判せさせむとてものせられたりけるか、判の事はな
  • 1449,672,59,2170に備へつ、かくてつら〳〵讀み考ふるに、此歌合は、順朝臣の家に人々あつまりける
  • 559,673,56,2174のかはれるはなし、されは此は順ぬしの心ひとつにおもひよられたるを、競馬に准ら
  • 1318,669,58,2173とき、ふと競馬に准らへて、馬の毛色を題にて歌合し興せむと云ひあはせて、かたみ
  • 437,676,57,2192へて歌合にはつかはれたるなるへし、故よみ人をしるさゝることわりもあきらかなり、
  • 1701,665,55,2178故いまそれらの本ともをよみあはせて、よしと思はるゝかきりを撰ひとゝのへて、あ
  • 1572,667,58,2179らたに書うつして本書とし、誤れりと思はるゝかたをは其歌ともの末に注して後の考
  • 683,663,57,2184説もさることなれと、すへての歌さまをおもふに、みな一人のよみぬときこえて、趣
  • 1065,663,58,2205くて止みたりしなるへし、其は左右のかたわきてよまれたるに、勝負の筆も加はらす、
  • 183,676,57,2168ひたるさまにかまへてよまれたれは、それにゆつりて、さらに勝負の筆は加へられさ
  • 934,668,58,2175はたよみぬしの名をも記されす、夫木抄廿七卷に、源順家馬毛名歌合とて、此中の歌三
  • 1458,319,41,204セル人ノ競
  • 1369,317,43,207テ馬毛ヲ題
  • 856,309,42,212吉田敏成ノ
  • 811,313,43,211順一人ノ詠
  • 1326,320,41,204トシテ歌合
  • 1416,315,38,204馬ニ准ラヘ
  • 1502,313,42,212順ノ家ニ會
  • 1280,319,43,204ヲ試ミシカ
  • 769,317,39,207ナリトノ説
  • 1939,744,45,257永觀元年是歳
  • 1938,2478,45,125三一二

類似アイテム