『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.659

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

しるしなし、ある人この首のほとりに來りて、, 記に、太田道灌、武州入間の郡見よし野の里川越の城の乾の方に氷川大明, ちはやぶる神田の宮ゐ年ふれどいのるしるしは猶あらたなり, 神有り、其社になそらへ、江戸御城の乾に、津久戸大明神をいはひ申と有、今, の木にかけられしに、その首更に死なずしてたゝりをなし、この首を見る, 藤太を追て、神田迄來て爰にて倒れしを、神に祝ひ、神田大明神と號すと、い, ていはひしづめ奉りければ、靈驗あらたにおはしませり、, に埋へしとて、此武州へ下し、此所に大明神とあかめ奉ると云説あり、永享, とよみければ、此首から〳〵とわらひて、それより目をふさぎ、たゝりをな, 人、たちまちにみなわずらひけるゆへに、さま〴〵御きたうありしかども, かゝなり、首は宮古へ登り、獄門に掛り、其後むくろの止たる所なれは、一所, さゞりけり、かくて此所にをくりくだし、御たくせんの事によりて、社をた, まさかどは米かみよりぞきられけるたはら藤太がはかりごとにて, 有り、田安明神と云、是は平親王將門の首と云、神田明神は、將門のむくろ、俵, 牛込御門を入て田安と云、此臺にむかし明神の社, 〔紫の一もと〕, ○上, 略, 上○上, 明神ハ遺, ハ將門ノ, ヲ創立ス, 神田明神, 首ヲ神田, 田安明神, 託宣ニテ, 骸ヲ祀ル, トノ説, トノ説, 將門ノ靈, 祟ヲ爲ス, 天慶三年二月十四日, 六五九

割注

  • ○上
  • 上○上

頭注

  • 明神ハ遺
  • ハ將門ノ
  • ヲ創立ス
  • 神田明神
  • 首ヲ神田
  • 田安明神
  • 託宣ニテ
  • 骸ヲ祀ル
  • トノ説
  • 將門ノ靈
  • 祟ヲ爲ス

  • 天慶三年二月十四日

ノンブル

  • 六五九

注記 (33)

  • 1689,633,57,1348しるしなし、ある人この首のほとりに來りて、
  • 394,628,72,2198記に、太田道灌、武州入間の郡見よし野の里川越の城の乾の方に氷川大明
  • 1101,700,60,1908ちはやぶる神田の宮ゐ年ふれどいのるしるしは猶あらたなり
  • 279,622,69,2199神有り、其社になそらへ、江戸御城の乾に、津久戸大明神をいはひ申と有、今
  • 1918,635,68,2193の木にかけられしに、その首更に死なずしてたゝりをなし、この首を見る
  • 746,626,70,2193藤太を追て、神田迄來て爰にて倒れしを、神に祝ひ、神田大明神と號すと、い
  • 1220,631,58,1706ていはひしづめ奉りければ、靈驗あらたにおはしませり、
  • 510,631,71,2191に埋へしとて、此武州へ下し、此所に大明神とあかめ奉ると云説あり、永享
  • 1455,638,58,2188とよみければ、此首から〳〵とわらひて、それより目をふさぎ、たゝりをな
  • 1806,631,58,2195人、たちまちにみなわずらひけるゆへに、さま〴〵御きたうありしかども
  • 628,633,69,2191かゝなり、首は宮古へ登り、獄門に掛り、其後むくろの止たる所なれは、一所
  • 1335,633,62,2192さゞりけり、かくて此所にをくりくだし、御たくせんの事によりて、社をた
  • 1570,702,59,1901まさかどは米かみよりぞきられけるたはら藤太がはかりごとにて
  • 864,624,66,2202有り、田安明神と云、是は平親王將門の首と云、神田明神は、將門のむくろ、俵
  • 981,1343,64,1481牛込御門を入て田安と云、此臺にむかし明神の社
  • 970,584,103,457〔紫の一もと〕
  • 1017,1211,43,105○上
  • 973,1212,43,35
  • 1023,1067,34,250上○上
  • 908,270,43,168明神ハ遺
  • 997,278,39,154ハ將門ノ
  • 1304,278,38,158ヲ創立ス
  • 1346,273,40,170神田明神
  • 953,270,40,163首ヲ神田
  • 1038,273,43,166田安明神
  • 1391,274,40,163託宣ニテ
  • 861,270,44,161骸ヲ祀ル
  • 818,272,40,124トノ説
  • 1257,278,40,119トノ説
  • 1953,274,43,170將門ノ靈
  • 1909,273,39,162祟ヲ爲ス
  • 185,701,44,390天慶三年二月十四日
  • 174,2423,45,123六五九

類似アイテム