Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
光秀の事を傳ふ、然れとも光秀の名、公卿補任に見へす、芳野の帝につかうまつりし人, なり、五日神宮寺にて什物にせるこの國の古記神谷記を見、延喜式の神名帳に載せられ, か〳〵しき説を載たり、六日小船明神にすく、むかし祓戸にてありとなん、しかるは一, たれは、惣社經藏寺衆觀心のうつしたるよしをしるして、今の本は萬治三年に寫し傳へ, しはもとより、式外の古き社あまたを記し付たり、群馬郡はことに多し、西東にわかち, うに成て、おしなへて知る人もなしと、妙義の事は法性房尊意といひ、或花山院内大臣, たるなり、此うちに貫前の神、拔鉾神と二つの社おはす、いかなる事そやとて、いとな, かと思へは、新葉集・園大暦・南方記傳なとにもあらす、いかにそや、大臣にもいたり, へたるなめりといへるそ、實にさもあるへきといふ、山内の事をも詳にしるしたり、菅, せる説、およひ周防國何かしの天神の縁起を引く、是日一宮貫前神社にまうす、甘樂郡, し人のその名たにものに見へさる事やはあらんと覺束なし、橘三喜・曰夏繁高等は權大, たる西郡のみにも百五十餘座おはす、奧書に、永仁六年十二月廿五日古本のそこなはれ, 原村天神右の方に天神のおほちの社と額書たるは、菅左京兆を祭れるにはあらしと發明, 神名帳には載られねとも、三代實録にしかく見へたる古き御社なり、今は側にいますや, 網言長親の法號を明魏とせしか、此人の行末また〳〵此説に等しけれは、それを誤り傳, 貫前神社, 神宮寺什物ノ, 古記, 菅原村ノ天神, 小船明神, 遊紀第三, 三一七
頭注
- 貫前神社
- 神宮寺什物ノ
- 古記
- 菅原村ノ天神
- 小船明神
柱
- 遊紀第三
ノンブル
- 三一七
注記 (22)
- 1704,710,66,2249光秀の事を傳ふ、然れとも光秀の名、公卿補任に見へす、芳野の帝につかうまつりし人
- 886,720,64,2241なり、五日神宮寺にて什物にせるこの國の古記神谷記を見、延喜式の神名帳に載せられ
- 312,721,62,2228か〳〵しき説を載たり、六日小船明神にすく、むかし祓戸にてありとなん、しかるは一
- 541,722,65,2235たれは、惣社經藏寺衆觀心のうつしたるよしをしるして、今の本は萬治三年に寫し傳へ
- 773,721,62,2239しはもとより、式外の古き社あまたを記し付たり、群馬郡はことに多し、西東にわかち
- 1821,714,65,2239うに成て、おしなへて知る人もなしと、妙義の事は法性房尊意といひ、或花山院内大臣
- 426,722,63,2239たるなり、此うちに貫前の神、拔鉾神と二つの社おはす、いかなる事そやとて、いとな
- 1589,716,62,2239かと思へは、新葉集・園大暦・南方記傳なとにもあらす、いかにそや、大臣にもいたり
- 1242,725,64,2237へたるなめりといへるそ、實にさもあるへきといふ、山内の事をも詳にしるしたり、菅
- 1006,721,65,2239せる説、およひ周防國何かしの天神の縁起を引く、是日一宮貫前神社にまうす、甘樂郡
- 1474,714,65,2246し人のその名たにものに見へさる事やはあらんと覺束なし、橘三喜・曰夏繁高等は權大
- 657,722,63,2239たる西郡のみにも百五十餘座おはす、奧書に、永仁六年十二月廿五日古本のそこなはれ
- 1119,714,65,2246原村天神右の方に天神のおほちの社と額書たるは、菅左京兆を祭れるにはあらしと發明
- 1932,709,70,2245神名帳には載られねとも、三代實録にしかく見へたる古き御社なり、今は側にいますや
- 1356,720,66,2241網言長親の法號を明魏とせしか、此人の行末また〳〵此説に等しけれは、それを誤り傳
- 1005,325,39,170貫前神社
- 899,324,40,255神宮寺什物ノ
- 856,323,37,85古記
- 1242,323,38,259菅原村ノ天神
- 322,328,40,171小船明神
- 189,839,41,211遊紀第三
- 194,2441,40,121三一七
類似アイテム

『大日本史料』 1編 8 天慶 4年 9月~天暦元年5月 p.792

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.94

『大日本史料』 6編 44 永和元年6月~永和元年11月 p.256

『大日本史料』 1編 7 承平 6年正月~天慶4年8月 p.659

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 4 訳文編之1(上) 天文16年11月~19年10月 p.194

『大日本史料』 7編 23 応永22年9月~同年雑載 p.125

『大日本史料』 1編 8 天慶 4年 9月~天暦元年5月 p.860

『大日本史料』 10編 10 元亀3年8月~同年12月 p.14