『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.317

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光秀の事を傳ふ、然れとも光秀の名、公卿補任に見へす、芳野の帝につかうまつりし人, なり、五日神宮寺にて什物にせるこの國の古記神谷記を見、延喜式の神名帳に載せられ, か〳〵しき説を載たり、六日小船明神にすく、むかし祓戸にてありとなん、しかるは一, たれは、惣社經藏寺衆觀心のうつしたるよしをしるして、今の本は萬治三年に寫し傳へ, しはもとより、式外の古き社あまたを記し付たり、群馬郡はことに多し、西東にわかち, うに成て、おしなへて知る人もなしと、妙義の事は法性房尊意といひ、或花山院内大臣, たるなり、此うちに貫前の神、拔鉾神と二つの社おはす、いかなる事そやとて、いとな, かと思へは、新葉集・園大暦・南方記傳なとにもあらす、いかにそや、大臣にもいたり, へたるなめりといへるそ、實にさもあるへきといふ、山内の事をも詳にしるしたり、菅, せる説、およひ周防國何かしの天神の縁起を引く、是日一宮貫前神社にまうす、甘樂郡, し人のその名たにものに見へさる事やはあらんと覺束なし、橘三喜・曰夏繁高等は權大, たる西郡のみにも百五十餘座おはす、奧書に、永仁六年十二月廿五日古本のそこなはれ, 原村天神右の方に天神のおほちの社と額書たるは、菅左京兆を祭れるにはあらしと發明, 神名帳には載られねとも、三代實録にしかく見へたる古き御社なり、今は側にいますや, 網言長親の法號を明魏とせしか、此人の行末また〳〵此説に等しけれは、それを誤り傳, 貫前神社, 神宮寺什物ノ, 古記, 菅原村ノ天神, 小船明神, 遊紀第三, 三一七

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  • 貫前神社
  • 神宮寺什物ノ
  • 古記
  • 菅原村ノ天神
  • 小船明神

  • 遊紀第三

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  • 三一七

注記 (22)

  • 1704,710,66,2249光秀の事を傳ふ、然れとも光秀の名、公卿補任に見へす、芳野の帝につかうまつりし人
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