『大日本史料』 6編 44 永和元年6月~永和元年11月 p.256

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の御代つくられたる劍なり、但頼朝大將寶劍にかはりて武將の威をふるひ、四海をし, 思ひ給なり、其故は、むかし楚王黄帝の烏號の弓をうしなふ事あり、王のたまはく、, つめたりき、其後建暦のころ、神宮の夢想によりてたてまつれる御劍、近比の寶劍な, 〓人弓をぬすむ、國の中をはなるへからす、靈器おなしかるへしと、孔子きゝてのた, り、順徳院の御代に出きたる事なれは、あなかち執せらるへきにあらす、抑三種の神, とりて入給といふ説とも申傳侍り、まことにやおほつかなし、件の寶劍は、崇神天皇, にかはるへからす、神璽は又天子の玉印なり、文をまほる、政をたゝしくせられは、, 西海にしつみし寶劍は、是をうつされたるものなり、神鏡すなはち伊勢大神宮の正體, なり、いま神宮にまします、みなこれ當朝のうち叡信をこらされは、宮中にまします, をはなるへからす、況寶劍はすなはち草なきの劍の正躰なり、いま熱田にまします、, に、終に紛失しぬ、安徳天皇は嚴島の靈託にて生給しかは、龍王の化身寶劍を龍宮へ, 器いまた山中を出さるよし、世の人おもへり、愚意にはこと〳〵く當朝に現在せると, まはく、惜哉、天下にとのたまはさる事をと、まことに紛失すといふとも、一天の内, これすなはち又神璽なるへし、三種の靈體たゝ國家の政化儀をまほるのみなり、し, 南朝天授元年北朝永和元年十月二十八日, 二五六

  • 南朝天授元年北朝永和元年十月二十八日

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  • 二五六

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