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壯五郎かことを録して、信長滅亡のことにおはる、, となしと、次は釜嶽記なり、釜嶽は小倉をさること九里はかりにして、長瀧村に在り、, 釜嶽の名もこれよりいつといふ、其餘峯嶺谿谷の形勢を述て、小倉に歸るをしるすに終、, しものかたりをのせ、圓六か高祖某齋戒沐浴して寶劍をみしとき、そのつま戸のすきま, 麓に谿淵數十あり、土人淵をさして釜となす、そのかたち釜に似たるゆゑなりと、また, ゆ、また土人長繩圓六といへるものゝ先祖、この池にいりて龍宮にいたり、寶劍を授り, 紀事二篇を載す、一篇は阿雅世池記といふ、阿雅世池といふは、美濃國各務郡各務村に, 在り、むかし婦人〓麻といふものこのいけにいりておほれ死す、よつて名とせるよしみ, 九月七日大矢田村に神祭を觀することに起り、矢田村の來由、相見寺如大和尚の事跡を, 載せ、また谷口村乾徳山にのほりしことおよひ岐阜の來由、在中納言行平の物語、松波, よりこれをみれは、たちまち盲目となれりと、よつてこれより相いましめて發きみるこ, 附録一卷, 下卷, 乙丑西歸記一卷, 册, 寫本, 阿雅世池記, 釜嶽記, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十六, 三三〇
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- 册
- 寫本
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- 阿雅世池記
- 釜嶽記
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- 編脩地誌備用典籍解題卷之二十六
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- 三三〇
注記 (20)
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