『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.355

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ほとなくうち出の濱に着、此所のあつかり人、殊我したしき人なれは、常の人よりは懇にい, りし事おもひ出て、左右の田つらを見やりて、, たひ衣やふるゝかけをみえしとてかさきてこしをかゝみ山かな, かくいふより、また雲はれて、くもりなし、, ぬきあしになりて、いそきて草津のさとを過て、矢橋のわたりに着、あたりの人々きたりて、, 鏡山をみれは、時雨の空にかくれたり、, それより和泉川渡りて、石部の里過る程に、京よりせきむかへとて、人々來る、かたりて行々, 心ありて時雨にくもるかゝみ山やつれぬる身のかけを見せしと, 追風に舟はやはせのわたしなれとやふれころもに身はひえの山, とたはふれて、うちかたらひ、こかれ行、からさきの松・なから山なかめやりて、, みなくちをなはしろにみし近江路をかへれはしものおくて田となる, 舟にのる、折ふし追風吹、大ひえをなかめて、, 漸坂をよちて、はる〳〵の山路をしのきて、土山を過て、水口の里にかゝる、過し三月の初通, からさきの松ときくより歸りきてむかしなからの山をみるかな, 元和七年九月二十二日, 長等山, 唐崎松, 矢橋, 比叡, 打出濱, 石部, 草津, 關迎, 鏡山, 水口, 土山, 元和七年九月二十二日, 三五五

頭注

  • 長等山
  • 唐崎松
  • 矢橋
  • 比叡
  • 打出濱
  • 石部
  • 草津
  • 關迎
  • 鏡山
  • 水口
  • 土山

  • 元和七年九月二十二日

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  • 三五五

注記 (28)

  • 293,577,58,2221ほとなくうち出の濱に着、此所のあつかり人、殊我したしき人なれは、常の人よりは懇にい
  • 1789,582,57,1110りし事おもひ出て、左右の田つらを見やりて、
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