『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.440

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二十九日、大坂より大野道犬兵を率ゐて、岸和田城の押として備ふ、ときに, をたまふ、六日、大坂の敗卒數百人を撃殺し、首百十七級を献す、八日、台徳院, 野但馬守長晟と戰ひ、治房敗走す、これにより、五月朔日、道犬軍をかへす、こは, にめさ役、時服をか〓第られ、また彼等も其軍にのそみしとて、各黄金一枚, 大野主馬首治房、其兵をわかちて間道よりすゝみ、和泉國樫井にをいて、淺, 乃とき城中より兵を發して相戰ひ、うち取とこは海の首三十二級、をよひ生, 元和元年の役に、兄吉英か城, 小出吉親, ひ大野か一族等をはしめ三百餘人を討捕、また吉英とおれしく、堺浦にい, 地岸和田の加勢とれりて軍功あり、五月六日七日、大坂の落人薄田か弟及, 捕六人を家臣天野九兵衞某、木嶋助兵衞某をして獻せしかは、二人を御前, 殿の仰をう挙たまはり、和泉國堺浦にいたり、非常を警め、大坂乃落人をた, ゝす、, たり、落人をあらたむ、すへあ今度の役に、吉親か手に得な所乃首六十七級, 〔寛政重修諸家譜〕, にをよふ, 元和元年、大坂城中にをいて、, 金森可重, 寛政重修諸家譜, 〕, 信濃, 九百二, 十七, 守、, ○下, 出雲, 三百六, 略, 十二, 小出吉親, 金森可重, 元和元年四月二十九日, 四四〇

割注

  • 信濃
  • 九百二
  • 十七
  • 守、
  • ○下
  • 出雲
  • 三百六
  • 十二

頭注

  • 小出吉親
  • 金森可重

  • 元和元年四月二十九日

ノンブル

  • 四四〇

注記 (33)

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