『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.604

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山へ押上ケ候て、かさよりおいくだし候へは、片山はあしかゝりもなき山, 越候は、片山ニ拙者は陣取候へ、美濃はこくふニ陣取可仕と被申越候、我等, ニこくふへ着申候、大和衆何展同前ニ罷着候、拙者何も申候は、こくふのむ, 殊外廣き山ニて足場も能候、平野ゟ押出し、直ニこんたの八まんを通り、片, 中山勘ケ由、村瀬左馬之助兩人被參候、片山見立罷有候所へ、美濃殿ゟ被申, 被申候者、我等も片山え被召連可被下と被申候へとも、物見にはあまた不, 樣子見計、陣取可申付と申、人數をはこくふに殘し、拙者拙者參候、其時何も, へは、大坂ゟ押出し、平野をとをり、ふしい寺と申しゆんれいの札所御座候、, 申候は、美濃殿は跡備ニ御座候間、先手のもの次第ニ可被仕候、片山え押出, かいに片山と申山御座候、其下むかいに道明寺と云寺御座候、片山へ罷越, 申、内のものはこくふに殘し置、頭頭まて御越候へと同道仕候、御目付には, 參ものニて候とかたく申所に、達〓被申間、さやうニ候はゝ、御越可有よし, 堀丹後、是は拙者同前ニこくふへ罷着候、松倉き其日の晩七ツ時分, し可申うは、何とて被仰候哉、拙者次第ニ可被仕と申遣候、此山ニ陣を取候, ニて御座候へは、少もかたへられ不申候、こくふは片山ゟ少〳〵へたて、其, 介, 元和元年五月五日, 式部, 事, 勝成松平, 忠明ト陣, 場ヲ爭フ, 六〇四

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  • 式部

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  • 勝成松平
  • 忠明ト陣
  • 場ヲ爭フ

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  • 六〇四

注記 (23)

  • 308,649,57,2215山へ押上ケ候て、かさよりおいくだし候へは、片山はあしかゝりもなき山
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