『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.951

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

意ニ候間、可罷歸之由被仰候付て、何も其より被罷歸候、拙者歸候てゟ、右, 間、いまたはたもと衆ものりつけ被參候間、貴所も先へ被參候て、かせぎ, し、大堤のきはまて參候處、半介殿ニあひ申候へは、何も人數引候へと御, 之鑓あはせ申候所ニて、われらにやりをなげつけ申候を、誰か見被申候, り馬ニのり道壹町程罷出候へは、九郎右衞門跡よりのりつけ申樣は、貴, 哉と申候處、松居七左衞門、勝平左衞門やりをなげつけられ候は貴所ニ, 首程の事はあるましく候へとも、はな成共何も出し申候衆も候ハゝ、人, 可然之由申候、そこニて九郎右衞門申樣は、われらの左平次と申候もの、, はなをつき參候が、此はなをいだし候てはいかゝ候はん哉と申候間、尤, 申候、其よりわれらは首をもち、御前へ御目にかけ申候てゟ、またのり返, 〓候か、われ〳〵も見申候と、右兩人之衆被申候、さて其ゟ首帳つき申候, なみに出し候へと申候へは、そこニて九郎右衞門申分は、鼻ばつり出し, 申候事難成候間、あはれほろをかし候へかしと申候ニ付て、ほろを出し, 所なとは手ニあはれ申候に、われらは手ニあはず、いかゝ可仕哉と申候, て首をおとし申候内ニ、かぶと見え不申候間、打取首、同刀ほろを取、其よ, 母衣ヲ與, 右衞門ニ, 水野九郎, 元和元年五月六日, 九五一

頭注

  • 母衣ヲ與
  • 右衞門ニ
  • 水野九郎

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 九五一

注記 (20)

  • 609,707,65,2154意ニ候間、可罷歸之由被仰候付て、何も其より被罷歸候、拙者歸候てゟ、右
  • 1549,708,61,2148間、いまたはたもと衆ものりつけ被參候間、貴所も先へ被參候て、かせぎ
  • 727,711,63,2151し、大堤のきはまて參候處、半介殿ニあひ申候へは、何も人數引候へと御
  • 491,709,64,2154之鑓あはせ申候所ニて、われらにやりをなげつけ申候を、誰か見被申候
  • 1782,712,61,2149り馬ニのり道壹町程罷出候へは、九郎右衞門跡よりのりつけ申樣は、貴
  • 376,704,62,2143哉と申候處、松居七左衞門、勝平左衞門やりをなげつけられ候は貴所ニ
  • 1198,706,59,2151首程の事はあるましく候へとも、はな成共何も出し申候衆も候ハゝ、人
  • 1431,711,62,2161可然之由申候、そこニて九郎右衞門申樣は、われらの左平次と申候もの、
  • 1312,713,63,2148はなをつき參候が、此はなをいだし候てはいかゝ候はん哉と申候間、尤
  • 846,708,62,2153申候、其よりわれらは首をもち、御前へ御目にかけ申候てゟ、またのり返
  • 259,718,61,2144〓候か、われ〳〵も見申候と、右兩人之衆被申候、さて其ゟ首帳つき申候
  • 1080,714,61,2150なみに出し候へと申候へは、そこニて九郎右衞門申分は、鼻ばつり出し
  • 964,708,60,2156申候事難成候間、あはれほろをかし候へかしと申候ニ付て、ほろを出し
  • 1664,709,60,2153所なとは手ニあはれ申候に、われらは手ニあはず、いかゝ可仕哉と申候
  • 1901,717,59,2137て首をおとし申候内ニ、かぶと見え不申候間、打取首、同刀ほろを取、其よ
  • 1393,267,42,170母衣ヲ與
  • 1438,266,40,162右衞門ニ
  • 1480,266,42,172水野九郎
  • 160,706,46,338元和元年五月六日
  • 156,2444,46,111九五一

類似アイテム