『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1056

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

鑓提〓渡合候といへ共、多勢の敵の虎口先に候故、主水則〓伏られ、熊之助, て掛り候、長門か勢どつと崩れ、長門、山口左馬助、内藤新十郎、眞野藏人已下, 下知致し、さいふり候詞の下より、八田金十郎只一人走り出、味方五人の〓, 主水を押へ首取隙無之により、馬取の來候に、其首を取候へと下知致候、馬, 次郎走り付、平塚か馬取を切倒し候、滿座、山口、匂坂、遠山四人懸付、熊之助を, 取刀を抜、主水上え乘懸候處へ、滿座七左衞門、山口伊豆、匂坂弥五介、遠山甚, 〓伏、首をは遠山甚次郎討取立上り候處へ、木村か先手とりと懸り、四人の, 戰御座候、庵原助右衞門、長坂十左衞門を始、掃部先手混甲八千余一度に〓, 伏られ候死骸を乘越、一番鑓と名乘り鑓を合候、長門手の兵共廿余人、三方, 者迄即時に〓伏申候、掃部先手庵原助右衞門、主水か倒ルを見て惣懸りと, 衞門、朝比奈彌太郎、林三十郎鑓を入候、丸山市太夫鑓脇を討申候、兩方暫合, 島彦左衞門、松井小左衞門、同七左衞門、岸藤七、戸渡太郎左衞門、丸山八郎左, より金十郎を押包て〓候を、金十郎具足甲廿一ヶ所〓れ、其上左のかいなを, 〓さかれ、既に討死せんと見へ候處、戸塚左太夫押續き鑓を入、早手負候、成, 防申候得共、掃部人數大軍にて押立申候故、長門守裏崩いたし過半退申候, 重成ヲ討, 庵原朝昌, 取ル, 井伊勢先, 鋒ノ〓進, 元和元年五月六日, 一〇五六

頭注

  • 重成ヲ討
  • 庵原朝昌
  • 取ル
  • 井伊勢先
  • 鋒ノ〓進

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一〇五六

注記 (22)

  • 1821,652,74,2239鑓提〓渡合候といへ共、多勢の敵の虎口先に候故、主水則〓伏られ、熊之助
  • 303,647,64,2225て掛り候、長門か勢どつと崩れ、長門、山口左馬助、内藤新十郎、眞野藏人已下
  • 1115,648,75,2232下知致し、さいふり候詞の下より、八田金十郎只一人走り出、味方五人の〓
  • 1702,655,74,2229主水を押へ首取隙無之により、馬取の來候に、其首を取候へと下知致候、馬
  • 1470,650,71,2230次郎走り付、平塚か馬取を切倒し候、滿座、山口、匂坂、遠山四人懸付、熊之助を
  • 1585,651,72,2233取刀を抜、主水上え乘懸候處へ、滿座七左衞門、山口伊豆、匂坂弥五介、遠山甚
  • 1354,650,69,2221〓伏、首をは遠山甚次郎討取立上り候處へ、木村か先手とりと懸り、四人の
  • 417,644,68,2230戰御座候、庵原助右衞門、長坂十左衞門を始、掃部先手混甲八千余一度に〓
  • 999,645,71,2238伏られ候死骸を乘越、一番鑓と名乘り鑓を合候、長門手の兵共廿余人、三方
  • 1235,647,70,2229者迄即時に〓伏申候、掃部先手庵原助右衞門、主水か倒ルを見て惣懸りと
  • 533,644,69,2231衞門、朝比奈彌太郎、林三十郎鑓を入候、丸山市太夫鑓脇を討申候、兩方暫合
  • 650,647,69,2228島彦左衞門、松井小左衞門、同七左衞門、岸藤七、戸渡太郎左衞門、丸山八郎左
  • 885,650,69,2227より金十郎を押包て〓候を、金十郎具足甲廿一ヶ所〓れ、其上左のかいなを
  • 767,648,70,2229〓さかれ、既に討死せんと見へ候處、戸塚左太夫押續き鑓を入、早手負候、成
  • 185,648,64,2234防申候得共、掃部人數大軍にて押立申候故、長門守裏崩いたし過半退申候
  • 311,275,41,170重成ヲ討
  • 355,275,40,169庵原朝昌
  • 265,276,41,74取ル
  • 1282,279,44,170井伊勢先
  • 1237,277,45,171鋒ノ〓進
  • 1953,723,45,340元和元年五月六日
  • 1939,2480,47,153一〇五六

類似アイテム