『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.247

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子傳七ト云、, ゑんてい存候間、將軍樣御まへへ罷出候て成共、おそろしけもなく可, の儀迄申たて候へは、身上にも少のそこも御座候間、日向守には不及, 衆又は渡邊藏介殿なとの人數三万あまりも罷出候處、朝から晩まて、, 申、諸はうばいまてにかくし候て能在候事候、くん兵へも其通ニて候, けをもなされ候よし、修理なとも内々聞及候て、あしがるなともあつ, 貴樣の御事は、しきの一まきともろきらす、まへかとゟ少つゝの心か, 人間たるものに、一人にもこされ申さす、手さきに罷在候へ共、さやう, のさくまい、又は貴〓一ふんのはたらき、一から十まて無殘所やうす、, け候へ共、よのてつほうかしら衆とは、なにかもちかい候て申付候段、, ゑんてい我等存候、其上しきのゝおりふしなとも、御くみ中あしかる, よく候て、かたの〓くにかせき、ひろい□一つも二つも仕候、其上七組, ヤメ居タルヲ、松平下總殿呼出サレ、咄ノモノヽヤウニツカハレ候、道喜カ, 猶〳〵、御状之〓く、しぎ野合戰のおりふしみやうがにかなひ候、仕合, 〔因幡志〕, 筆記之部四, 四十, 大野治長, ノ部下南, 權太ノ働, 元和元年五月八日, 二四七

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  • 筆記之部四
  • 四十

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  • 大野治長
  • ノ部下南
  • 權太ノ働

  • 元和元年五月八日

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  • 二四七

注記 (22)

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