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成候由承申候事、, とき親子は、伊賀守殿御屋しきニ罷在候、其後國松殿并田中六左衞門とも, 處、若君も若狹ときも、京都板倉伊賀守殿へ被召參候由承り、すくニ伊賀守, とも、若君を公儀ゟ御尋被成候、其上ふしみニ御座候由承り、伏見へ參り候, 下、緩々休息致候へと御申被成、伊賀守殿御勝手へ御入被成候へは、其儘六, 今御城へ召連罷出、殊ニ國松殿御守ニて被居候へは、其儘ニて罷出候事如, 候とて、繩かゝり申候、其後伊賀守殿、六左衞門を被召連、御登城被成候、若狹, ニ、七條川原ニて御成敗被成候由、伊賀守殿御歸被成、若狹親子へ御咄し被, 殿の御屋敷へ參り、右意趣申上、御供可仕由申候ニ付、伊賀守殿、六左衞門ニ, 何ニ候、しすけのため繩をかゝり被申候へと被仰候へは、委細かしこまり, 御座候上は、ケ樣ニ被成候にも不及候と申候へは、伊賀守殿御立歸被成、只, 對面被成、御振廻被下、今度罷出候事、きとくニ思召候由ニ候、御酒二こん被, 左衞門ニ繩をかけ申候、六左衞門申候は、此度罷出候事は、御供可仕覺悟ニ, 〔村越道半覺書〕秀頼之息男國松殿拾歳計、大坂籠城ニ付、奈良へ被隱居所, つれ參り、同廿三日之朝、右の田中六左衞門若狹へ落候て、かくれ居申候へ, ヲ共ニセ, 左衞門死, 國松ノ侍, 臣田中六, 國松奈良, ニ潜匿ス, トノ説, ントス, 元和元年五月二十三日, 五三一
頭注
- ヲ共ニセ
- 左衞門死
- 國松ノ侍
- 臣田中六
- 國松奈良
- ニ潜匿ス
- トノ説
- ントス
柱
- 元和元年五月二十三日
ノンブル
- 五三一
注記 (25)
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