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凡そ在山廿七年、内外性相顯密聖淨の學、精究をすといふ事なし、三十九才, 了〓す、此のち諸所の道俗を教化のため、説法講釋法問論諸所に張行し、, 飯沼へ入院ニ付、入學隨從し、兩脈を同山の七世見譽上人より禀承、三十四, 一論五部九帖乃筋目に違候て、智者の振舞者成ましく候、如開山方丈乃御, 才の時、元龜三年七月三日、綸旨拜戴のため上京、翌年飯沼會下の衆頂學頭, の時、近江の國伊庭の妙金剛寺に遊ふ、此時招に應して、織田右大臣殿, 計籠り候なり、其の外に奧深事を存を候、縱一代乃法能學したりとも、三經, に生よ、十一才にて、同國小田原大蓮寺堯譽の弟子となり、十四才の時、堯譽, 都於山居して念佛すへし、, 教蓮社聖譽退魯貞安上人は、北條氏裔、天文八年三月七日、相州三浦黒沼郷, 時に安土にいたりて公に〓し、諸士の招に依て、先祖の追福作善囘向し、又, あはれみにはつれ、淨土宗にもれ、本願にそむき候へし、且一向に寺を開、京, 壽龜山天樹院弘經寺, 慶長二年八廿三日貞安(花押, 檀林誌, 歴代法流, 下總國飯沼, 慶長二年八廿三日, 信長, 飯沼, 公、, 己, 貞安ノ事, 蹟, 元和元年七月十七日, 二一四
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- 信長
- 飯沼
- 公、
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- 貞安ノ事
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- 元和元年七月十七日
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- 二一四
注記 (26)
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