『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.777

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特に被爲思召候よし、難有上意を奉蒙り、翌年の秋、還御の節も、右の〓く支, 盜ありしゆへに、甚右衞門と改、正保元年甲申十一月十八日沒、六十九、, 御褒美被遊候也、庄司甚内り事かと御諚有りしも、此時よりしろし召れし, り、甚右衞門者、毎年三月十八日誕生日とて、親類同士の者を招き、一種の麁, 菜を調へ、酒を進て祝ふ、惣而諸祝義を初として、家建普請等の事始にも、八, に居て日々に承りし也, にも御吉例の數なりと言ひし由、正徳元年卯七月中、飯沼弘經寺覺譽上人, 度いたし罷出候、上樣殊の外に御機嫌能還御也、太儀に罷出候と御近習樣, 病氣治療のため、淺草寺内智泉院の庵室に御逗留の間、愚父良鉄御見舞申、, 庄司甚右衞門傳, 數の物語申ける序に、此八の數の事を申、由緒有とて御物語有しを、次の間, 日、十八日、廿八日を專用ひ、自分におゐくも目出度數也と言、〓には御番代, 庄司甚右衞門、相州小田原の産、その名を甚内といふ、時に高坂甚内と云大, 出、御供奉の末々の御方々へ御茶を差上候と申ける、此由被達上聽候處、奇, 〔墨水消夏録, 〔墨水消夏録〕十種。〓〓, 燕石, 一所收, 種, 十一, 〓右衞門, ノ系統, 元和三年三月是月, 七七七

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  • 燕石
  • 一所收
  • 十一

頭注

  • 〓右衞門
  • ノ系統

  • 元和三年三月是月

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  • 七七七

注記 (24)

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