『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.545

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

なれは、奇特と思召との仰也、同事にても、心根の替りに依て、御褒美と聞, 出働キケル、誠ニ剛強ナル者也トソ、, に被仰聞候は、藤四郎は佐渡か親類なれ共、伊勢の九鬼共親類成ゆへ、上, ある者右之通仕候を御ほめ被成、御意に入候、或時右兩人の儀を佐渡守, ハ、八左衞門カ肩ヲ御フマヘ成サレ、矢ヲ御ヌキ遣ハサレシニ、八左衞門立, 方へ心有ての綺羅成へし、今一人は九州の者也、御奉公一筋にその所存, 夥敷血ヲ吐候マヽ、陣屋ヘ御歸シ成サレ候、八左衞門ハ物ヲ申候ヘハ痛ミ, 判有、本多藤四郎正盛と云者、五百石かの進退にて、若黨小者身上より多, く召つれ、身の綺羅を能仕り召連候處に、御しつり被成て、御意に不入、又, 上リ、明タル口中ヘ射込シ故ニ、舌ニモ當ラス、齒ヲモ損シ申サス候、然レ〓、, 候ヘ共、物サヘ申サス候ヘハ苦シカラス迚、鹽ヲ口中ヘ打込、翌日ハ御供, 一權現樣被召仕候衆をも、それ〳〵の心根を御推量なされて、善惡の御批, 一矢ニテ櫓ヨリ射落シケレハ、御笑ヒ遊ハサレ、八左衞門モ同シク笑ヒケ, レ、處ヲ、又敵方ヨリ、明タル口ヘ矢ヲ射込シ故、八左衞門射通サレケル、神君, 〔續武家閑談〕十一, 元和二年四月十七日, ノ華美ヲ, 石川八左, 衞門ノ剛, 本多正盛, 叱ス, 奉公ニ忠, 強, 實, 元和二年四月十七日, 五四五

頭注

  • ノ華美ヲ
  • 石川八左
  • 衞門ノ剛
  • 本多正盛
  • 叱ス
  • 奉公ニ忠

  • 元和二年四月十七日

ノンブル

  • 五四五

注記 (26)

  • 274,731,62,2154なれは、奇特と思召との仰也、同事にても、心根の替りに依て、御褒美と聞
  • 1206,653,60,1087出働キケル、誠ニ剛強ナル者也トソ、
  • 507,735,62,2151に被仰聞候は、藤四郎は佐渡か親類なれ共、伊勢の九鬼共親類成ゆへ、上
  • 623,737,62,2154ある者右之通仕候を御ほめ被成、御意に入候、或時右兩人の儀を佐渡守
  • 1674,663,62,2219ハ、八左衞門カ肩ヲ御フマヘ成サレ、矢ヲ御ヌキ遣ハサレシニ、八左衞門立
  • 390,728,62,2163方へ心有ての綺羅成へし、今一人は九州の者也、御奉公一筋にその所存
  • 1439,653,63,2218夥敷血ヲ吐候マヽ、陣屋ヘ御歸シ成サレ候、八左衞門ハ物ヲ申候ヘハ痛ミ
  • 859,722,59,2164判有、本多藤四郎正盛と云者、五百石かの進退にて、若黨小者身上より多
  • 742,731,59,2157く召つれ、身の綺羅を能仕り召連候處に、御しつり被成て、御意に不入、又
  • 1559,654,62,2241上リ、明タル口中ヘ射込シ故ニ、舌ニモ當ラス、齒ヲモ損シ申サス候、然レ〓、
  • 1324,648,62,2205候ヘ共、物サヘ申サス候ヘハ苦シカラス迚、鹽ヲ口中ヘ打込、翌日ハ御供
  • 974,671,61,2218一權現樣被召仕候衆をも、それ〳〵の心根を御推量なされて、善惡の御批
  • 1908,666,63,2202一矢ニテ櫓ヨリ射落シケレハ、御笑ヒ遊ハサレ、八左衞門モ同シク笑ヒケ
  • 1792,653,62,2228レ、處ヲ、又敵方ヨリ、明タル口ヘ矢ヲ射込シ故、八左衞門射通サレケル、神君
  • 1064,610,108,584〔續武家閑談〕十一
  • 168,723,44,383元和二年四月十七日
  • 869,286,43,163ノ華美ヲ
  • 1599,282,42,172石川八左
  • 1554,281,41,174衞門ノ剛
  • 913,284,41,169本多正盛
  • 826,284,39,73叱ス
  • 433,285,42,173奉公ニ忠
  • 1511,280,38,40
  • 387,284,43,44
  • 168,723,44,383元和二年四月十七日
  • 172,2460,47,124五四五

類似アイテム