『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.300

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事、, 元和三年十月廿八日竹村九郎右衞門, 右依上意如此也、仍下知如件、, 一川原田城之家櫓、皆々破壞候て、覆を仕置可申事、, 一小比叡山惡僧竝勘解由儀、重而申遣之迄、獄屋こ置可申事、, 一上山田村六左衞門、如唯今籠舍可申付事、, 一小木に在之少將殿材木、朽候はぬやうに、覆を仕置可申事, 一小木城に御運上藏を告て、銀子調次第人を置〓し、勿論慥成番所可申付, ○忠輝、増上寺源譽ニ救解ヲ求メシコト及ビ藤堂高虎、越後征討ノ先, 上總介殿御不興蒙らせ給ひしかは、國師を御頼、, 鋒タランコトヲ請ヒシコト、疑ハシケレドモ左ニ附載ス、, 我若年にして、罪過加へり、父兄のいかりを請、一天廣しといへとも依頼な, 田邊十郎左衞門殿, 〔増上寺舊記〕, 元和二年七月六日, ○庚戌雜, 綴所收, ヲ頼ミ陳, 忠輝源譽, 謝セント, ス, 元和二年七月六日, 三〇〇

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  • ○庚戌雜
  • 綴所收

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  • ヲ頼ミ陳
  • 忠輝源譽
  • 謝セント

  • 元和二年七月六日

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  • 三〇〇

注記 (23)

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