『大日本史料』 12編 28 元和三年九月~同年十二月 p.857

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り、彼等は航海の途中に會ひしものは、悉く掠奪せり、又媽港のカラク船を, て會合し、カラク船は薩摩の港に逃入りたれば、之を取逃したり、莫大なる, 支那ジャンク船の掠奪物を搭載せる蘭人の船三隻未著にして、之に付き、, 掠奪する爲め、バンタンより二隻の大船來りしが、彼等は皆日本の沿岸に, ク船は、二十五隻なりと云ふ者あり、又三十五隻又は四十隻なりとも云へ, 我等の主の一六一七年三月十七日, 十八日、, 何も聞く所なし、或はパタニに著せしならん、支那人及びポルトガル人は, 等を日本國外に放逐せん事を愁訴したれども、日本皇帝は、此事件に關す, 火曜日にして、我等は碇泊せり、, イスパニヤ人を伴ひて、一同日本の朝廷に赴き、蘭人をして賠償せしめ、彼, て蘭人「七人なりしが〕の喉を切りて、全部奪還せり、彼等の掠奪せるジャン, るを欲せず、各其國王に訴へしめたり、, 〔一六一七年交趾支那へ航行〕, 暦月の二十日、予がギフト・オブ・ゴッド號にて始めたる航海の備忘録、, 月曜日、日本, 〔ウイリャム・アダムス航海日記〕(歐文材料第十四號譯文), 和三年二月二十日ニ當ル, ○新暦二十七日ニシテ、元, 二年二月二十一日二當ル, ○新暦二十八日ニシテ、元和, ○下, 略, 國人幕府, 葡西ノ一, ニ蘭人ノ, コトヲ訴, 支那及ビ, フ, 元和三年雜載, 八五七

割注

  • 和三年二月二十日ニ當ル
  • ○新暦二十七日ニシテ、元
  • 二年二月二十一日二當ル
  • ○新暦二十八日ニシテ、元和
  • ○下

頭注

  • 國人幕府
  • 葡西ノ一
  • ニ蘭人ノ
  • コトヲ訴
  • 支那及ビ

  • 元和三年雜載

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  • 八五七

注記 (31)

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