『大日本史料』 12編 28 元和三年九月~同年十二月 p.856

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隻を失ひたり、此等蘭船の中二隻は、支那人より掠奪せし生絲及び織物を, しも取〓す見込なし、, 却せり、彼は同地より三百斤を持渡りしが、當地にて百斤二貫三百匁にて, 彼等は同地にて、イスパニヤ人と交戰し、三隻を失ひ、イスパニヤ人は、一二, ヤンク船にて積み來りし生絲多量なる爲め、諸物價頗低廉なり、本年オラ, 二貫百八十匁にて、又一部は二貫二百二十匁にて賣却せり、, ンダの大船五隻、當平戸に來り、中三隻はフィリッピン諸島より來りしが, は殆ど無く、而も百斤一貫七百匁以上なりしかば、殆んど皆彼等の金を返, 本年日本にては、マニラよりの蘭船、并に媽港よりのカラク船、其他支那ジ, 隻ジャンク一隻、陸に吹上げられ、該ジャンク船と蘭船一隻は、船底破損し, 滿載し、別にジャンク船二隻も同樣なりしが、暴風即ち颱風の爲め、蘭船二, エドマンド・セーヤー君は、本年交趾支那に赴きしが、航海の利盆少く、生絲, 帝其全部を百斤六十匁にて買ひたり、彼が持渡りたる生絲は、一部は百斤, 賣れたり、ピーコック君が、嘗て當地より携へ渡りし貨物は悉く紛失し、少, 貨物は浸水し、他のジャンク船は薩摩に吹附けられたり、支那人は同地に, テ物價下, 生絲ノ値, 落ス, 生絲ノ輸, 買フ, 入多量〓, 段, 蘭人ノ掠, 奪, 秀忠鉛ヲ, 元和三年雜載, 八五六

頭注

  • テ物價下
  • 生絲ノ値
  • 落ス
  • 生絲ノ輸
  • 買フ
  • 入多量〓
  • 蘭人ノ掠
  • 秀忠鉛ヲ

  • 元和三年雜載

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  • 八五六

注記 (27)

  • 583,653,63,2205隻を失ひたり、此等蘭船の中二隻は、支那人より掠奪せし生絲及び織物を
  • 1166,658,59,635しも取〓す見込なし、
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