『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.60

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りしも、奉行は之を〓たしめたるのち、宣教師搜索に全力を注ぎたり、, は、それ以上の威嚇を要せざりき、彼は、もはや何等の手控へをも爲さゞる, 奉行ゴンゾコは、キリシタン追窮にかくの如き〓意を示したれど、なほ皇, 呼び寄せ、僧舍、寺院を建立せしめたり、是に於て、キリシタンにより創設せ, 決心にて、領地に歸りしが、天性暴力を〓むが故に、大部分が、生れ落ちてよ, 帝の冷遇に遭ふことを免れざりき、皇帝は、彼が下より外國の學者等を掃, コをして、止むなくキリシタンに對し、斷然たる態度に出でしむるために, 最初に彼の手中に落ちたるは、年若き日本人の司祭にして、トーマ・荒木と, りのキリシタンにして、日本の宗教につき、何等知る所なき人民に、まづ其, 蕩する上に手落ありしを責め、此上なほ下に、彼等のうち一人にてもとゞ, まる者あるを知る時は、嚇怒を以て、ゴンゾコに對せんと威嚇せり、ゴンゾ, 教理を教へざるべからずとし、之が爲めに、あらゆる宗派の佛僧を長崎に, られ、其繋榮富貴を、すべて基督教に負ふ所の長崎の町に、始めて公然と、偶, 像崇拜は取入れられたるなり、基督教寺院にして、猶現存するもの二三あ, も、ピエル・アントワヌとも稱せらる、蓋し姿を晦まさん爲め、時に從ひて名, 利支丹寺, 崎ノ吉利, 殘存ノ吉, 院ヲ毀ツ, 支丹信徒, ヲシテ長, 説カシメ, ニ佛教ヲ, 寺院ヲ建, とーま荒, ントス, 藤正僧侶, 木改宗ス, ツ, 元和四年是歳, 六〇

頭注

  • 利支丹寺
  • 崎ノ吉利
  • 殘存ノ吉
  • 院ヲ毀ツ
  • 支丹信徒
  • ヲシテ長
  • 説カシメ
  • ニ佛教ヲ
  • 寺院ヲ建
  • とーま荒
  • ントス
  • 藤正僧侶
  • 木改宗ス

  • 元和四年是歳

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  • 六〇

注記 (31)

  • 402,657,61,2063りしも、奉行は之を〓たしめたるのち、宣教師搜索に全力を注ぎたり、
  • 1212,658,62,2184は、それ以上の威嚇を要せざりき、彼は、もはや何等の手控へをも爲さゞる
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  • 754,657,62,2187呼び寄せ、僧舍、寺院を建立せしめたり、是に於て、キリシタンにより創設せ
  • 1097,653,63,2191決心にて、領地に歸りしが、天性暴力を〓むが故に、大部分が、生れ落ちてよ
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