『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.758

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出5いへとも、流人の身無其用と返上ゆへ、於配所壹万石給なり、, 害す、番人驚キ走り出雖指留之、忽死す、丹波聞て甚惜、件の者は正則家にて, 限延引せは、狹間潜りの帳に記すへしと相觸、諸士七つ時前に〓〳〵く城, 一二の剛の勇士、林龜之助弟龜之丞と云し者也、扨丹波は福山城代大崎玄, 可糺主人之生死、面々妻子を引くして、今日申ノ下刻迄に可有籠城、右之刻, 爲請取數輩下向有といへとも、正則父子の生死不分明より、何〓籠城して, 申と使を歸し、扨丹波は家中侍共へ、正則於江戸御改易在之、依而安藝、備後, いへとも不用、時に高聲こ呼て云樣、吾遠方ニ行、心ならす延引す、然はを理, 不盡と不入門、欲入狹間潜りの數、豈爲勇士もの捨名可取生哉と言て、則自, 歸、刻限過候故、門を閉不入と付、壹人は無力して歸る、今壹人は種々詑はと, 時の大名何人有之云共不足恐、可笑事こ哉と被申上、使を送は、兩人登城、右, に籠多、其内馬廻之侍二人遠方へ出不知此觸、下人走り行告之、兩人驚雖馳, 之趣言上也、於是出羽庄内へ流罪、〓上源五郎義俊被預、四万石可給と被仰, 家老共是を内見す、中にも福嶋丹波少も不驚、竹中采女え、是より御返答可, 蕃へも牒し合せ、何〓籠城相調、其以後丹波方ゟ竹中采女殿え爲使者吉村, 林龜之丞, 城中ニ集, 丹波兵ヲ, 自殺ス, 元和五年六月二日, 七五八

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  • 林龜之丞
  • 城中ニ集
  • 丹波兵ヲ
  • 自殺ス

  • 元和五年六月二日

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  • 七五八

注記 (21)

  • 1547,641,67,1928出5いへとも、流人の身無其用と返上ゆへ、於配所壹万石給なり、
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