『大日本史料』 12編 30 元和四年是歳~元和五年六月 p.785

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し、惣搆と三の丸之あいた虎口にて、一働き手を碎き申へし、勝負を嫌は, んよし、組中へむそろに傳へ、城中ゟ出たる兵士ふたゝひ歸るべろらず、, 二軍出なは生害すべしと也、時に上使の内知慮ある人、丹波へ告て曰く、, いか程も有べし、されとも始終のたゝろひ、運をむらくへき道なし、只死, 刎て、城の門前に梟首せしむ、是より城中の諸士、必至に成て金石の〓し, 城内を退出んとする、侍大將これを押へて、落人兩輩并妻子ともに首を, 上使の懇情に任する所に、左衞門大夫、備後守より、上意に恐れて城を相, 一手不意に〓出て、一方をうち破り、敵を一歩成とも遠く拂ふを功とせ, ヲ功として、寄手を城外數里へ拂ひ、追討にして、他領の境にて討死すへ, すべき間、しばらく相まち給ふべしと也、是によつて丹波、其外長臣、諸士、, 左衞門大夫、備後守下知を待とならば、當城相渡すべきとの下知状到來, 一軍出てき城門を閉、大守の室并家中の妻子等き、上月文右衞門預りて、, す、城中を拂ひて〓て出はたら皇へし、寄手の備へ薄きを考へて、丹波か, 丹波策に立て、諸將寄手たりといふとも、堅兵一致にして、一旦の勝利は, て拜見す、斯て籠城の行早々智謀に及ぶ、事急に臨んて、臆盧の士一兩輩, 丹波將ニ, 戰ハント, ノ士ヲ誅, 丹波〓走, 元和五年六月二日, 七八五

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  • 丹波將ニ
  • 戰ハント
  • ノ士ヲ誅
  • 丹波〓走

  • 元和五年六月二日

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  • 七八五

注記 (21)

  • 1212,710,76,2112し、惣搆と三の丸之あいた虎口にて、一働き手を碎き申へし、勝負を嫌は
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