Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
聞に達し、九月三日、賞譽の御書をたまひ、關原の戰ひにも敵數多討とり、軍散じて, これにより、丹後國を請たてまつりしかば、舊領をあらためられ、丹後國をたまひ、, に高知後備たりといへども、搦手より荒神洞に攀登り、一番に本丸に乘入、この旨上, にたてまつる、十九年、大坂の役に、大和口の御先手をうけたまはり、包永の御刀を, る、この年、井伊直政をもつて、その戰功を賞せられ、近江國高嶋郡に越前の敦賀を, のち、大津の城をすくはむがため、請て御先手を奉はり、夜中に馳て、長濱にいた, より、證人として、その女をもつて井伊直政が所領上野國高崎にをくり、八月朔日、, 加へたまはらんや、また丹後國をたまはらむや、宜其望にまかすべきむね仰下さる、, このとき、守家、をよび定吉の御刀をひかる、十七年、四男萬作某を質として、江戸, 諸將とゝもに御先にはせ登り、二十三日、福嶋正則等とおなじく岐阜城をせむ、とき, 伐のとき從ひたてまつり、下野國小山にいたるのところ、石田三成が叛逆の告あるに, り、火をあげて城中に示すといへども、城すでに陷りしかば、高知は長濱にとゞま, 十二萬三千二百石を領し、宮津城に住す、そのゝち、仰により、丹後守にあらたむ、, たまふ、元和元年の役には、京口の先鋒となりて、出口に陣どり、敵兵淺香雅樂某を, 丹後十二萬, 三千二百石, ヲ領ス, 元和八年八月十二日, 八
頭注
- 丹後十二萬
- 三千二百石
- ヲ領ス
柱
- 元和八年八月十二日
ノンブル
- 八
注記 (19)
- 1281,726,63,2178聞に達し、九月三日、賞譽の御書をたまひ、關原の戰ひにも敵數多討とり、軍散じて
- 701,732,61,2142これにより、丹後國を請たてまつりしかば、舊領をあらためられ、丹後國をたまひ、
- 1399,730,59,2177に高知後備たりといへども、搦手より荒神洞に攀登り、一番に本丸に乘入、この旨上
- 347,736,62,2178にたてまつる、十九年、大坂の役に、大和口の御先手をうけたまはり、包永の御刀を
- 929,730,63,2178る、この年、井伊直政をもつて、その戰功を賞せられ、近江國高嶋郡に越前の敦賀を
- 1167,729,61,2179のち、大津の城をすくはむがため、請て御先手を奉はり、夜中に馳て、長濱にいた
- 1631,727,60,2148より、證人として、その女をもつて井伊直政が所領上野國高崎にをくり、八月朔日、
- 816,725,62,2152加へたまはらんや、また丹後國をたまはらむや、宜其望にまかすべきむね仰下さる、
- 465,736,61,2176このとき、守家、をよび定吉の御刀をひかる、十七年、四男萬作某を質として、江戸
- 1513,719,61,2190諸將とゝもに御先にはせ登り、二十三日、福嶋正則等とおなじく岐阜城をせむ、とき
- 1748,722,59,2177伐のとき從ひたてまつり、下野國小山にいたるのところ、石田三成が叛逆の告あるに
- 1043,729,61,2179り、火をあげて城中に示すといへども、城すでに陷りしかば、高知は長濱にとゞま
- 578,727,61,2150十二萬三千二百石を領し、宮津城に住す、そのゝち、仰により、丹後守にあらたむ、
- 232,738,64,2173たまふ、元和元年の役には、京口の先鋒となりて、出口に陣どり、敵兵淺香雅樂某を
- 711,328,43,213丹後十二萬
- 666,329,41,209三千二百石
- 625,333,37,115ヲ領ス
- 1862,744,44,381元和八年八月十二日
- 1868,2524,44,39八







