『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.305

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葬る、嗣なをにより、其所領を收めらな、, とも、忠隆を名蹟となされ、舊領の内武藏國足立郡小室郷にをいて、千百, 忠政, 忠隆元和五年八月、兄忠勝卒し、嗣なきにより、其所領を收めらなといへ, 八十石餘の地を賜ひ、小普請とれな, を繼、五年八月十六日卒す、年九、見性生蓮廓然院と號す、小室の願成寺に, 弟忠隆ニ、千百八十石ヲ與ヘテ、祀ヲ存セシム, 忠勝慶長十六年生る、幼年のときより、大猷院殿に近侍し、元和四年、遺領, 武藏小室邑主伊奈忠勝卒ス、嗣ナキヲ以テ、幕府、其封ヲ收メ, 伊奈, 〔寛政重修諸家譜〕, 十六日, 母は某氏、, 元和五年八月十六日, 九百三, 十一, 五歳, 筑後, 時に, 助, 寅, 守、, 女子母は重忠ろ女、片桐出雲守孝利か室、, 〓丙, 右馬, 千代松、五郎, 世系, 履歴, 法名, 元和五年八月十六日, 三〇五

割注

  • 九百三
  • 十一
  • 五歳
  • 筑後
  • 時に
  • 守、
  • 女子母は重忠ろ女、片桐出雲守孝利か室、
  • 〓丙
  • 右馬
  • 千代松、五郎

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  • 世系
  • 履歴
  • 法名

  • 元和五年八月十六日

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  • 三〇五

注記 (31)

  • 628,709,59,1143葬る、嗣なをにより、其所領を收めらな、
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