Loading…
要素
ノンブル
OCR テキスト
窩此詩を賦して贈りしといふ、竊に詩の意を考ふに、杏壇春暮事吟遊と, は、杏壇は儒家といふが如く、其字莊子に出づ、孔子遊緇帷之林、休坐乎杏, けし問得和尚に非ざれば、當時惺窩の眼目にて、關西有孔丘と過稱すべ, 寫し、珍祕せし故、彼等を尊稱したる語意明白なり、是四書訓點本等を授, となり、是故人と交遊して、新しき淺々の交に非ざるをいふ、三生石上舊, は伯起、當時の名儒なり、時人關西夫子揚伯起といひたる故事ある故、是, を轉用せしなり、孔丘とは、問得和尚等を稱贊していへるなり、時に惺窩、, からず、傾蓋相逢非〓遁とは、傾蓋の字は孔子家語に出づ、孔子之〓、遭程, 雅の事に興を託して遊賞するなり、今日關西有孔丘とは、後漢の揚震字, 風流とは、深き宿縁ありて、一旦の交義に非るをいふ、舊唐書曰、沙門圓澤, 彼桂庵、文之等が四書訓點本及ひ家法和點等を問得和尚より借得て繕, 壇之上、弟子讀書、孔子絃歌と是なり、事吟遊とは、春暮和暖の氣候にて、文, 與隱士李源厚善、偶相率遊峨眉山、見婦人錦襠負罌而汲者、澤望而泣、源驚, 子於塗、傾蓋而語終日と、此故事を用ゆるなり、〓近は期せずして逢ふこ, 問故、澤曰、婦人孕三載矣、遲吾爲之子、今既見之無可逃者、公當以符呪助我, 元和五年九月十二日, 五三四
柱
- 元和五年九月十二日
ノンブル
- 五三四
注記 (17)
- 1817,698,60,2122窩此詩を賦して贈りしといふ、竊に詩の意を考ふに、杏壇春暮事吟遊と
- 1702,701,61,2120は、杏壇は儒家といふが如く、其字莊子に出づ、孔子遊緇帷之林、休坐乎杏
- 895,702,59,2116けし問得和尚に非ざれば、當時惺窩の眼目にて、關西有孔丘と過稱すべ
- 1009,702,60,2126寫し、珍祕せし故、彼等を尊稱したる語意明白なり、是四書訓點本等を授
- 552,705,57,2125となり、是故人と交遊して、新しき淺々の交に非ざるをいふ、三生石上舊
- 1357,707,60,2115は伯起、當時の名儒なり、時人關西夫子揚伯起といひたる故事ある故、是
- 1241,705,58,2134を轉用せしなり、孔丘とは、問得和尚等を稱贊していへるなり、時に惺窩、
- 779,713,59,2113からず、傾蓋相逢非〓遁とは、傾蓋の字は孔子家語に出づ、孔子之〓、遭程
- 1471,700,60,2121雅の事に興を託して遊賞するなり、今日關西有孔丘とは、後漢の揚震字
- 437,705,59,2122風流とは、深き宿縁ありて、一旦の交義に非るをいふ、舊唐書曰、沙門圓澤
- 1125,704,59,2124彼桂庵、文之等が四書訓點本及ひ家法和點等を問得和尚より借得て繕
- 1587,700,59,2119壇之上、弟子讀書、孔子絃歌と是なり、事吟遊とは、春暮和暖の氣候にて、文
- 322,703,61,2123與隱士李源厚善、偶相率遊峨眉山、見婦人錦襠負罌而汲者、澤望而泣、源驚
- 665,704,61,2117子於塗、傾蓋而語終日と、此故事を用ゆるなり、〓近は期せずして逢ふこ
- 205,710,61,2112問故、澤曰、婦人孕三載矣、遲吾爲之子、今既見之無可逃者、公當以符呪助我
- 1932,705,42,380元和五年九月十二日
- 1934,2424,41,119五三四







