『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.564

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も、尾張國丹羽、中嶋、春日井、海東、知多五郡乃うちにして、五千石乃地をあ, し意にまろせさる事あらは、ぬたゝむ御旗本にかへな〓しとの恩命を, す、六年、近江國坂田郡乃うちにをい〓、千石をくはへら〓、また遠江國榛, 指揮すへし、且義直卿いまた幼稚たれは、殊さら諸事に心を用ぬへし、も, お、十八年七月、守綱及ひ男重綱を御前にめされ、尾張義直卿に附屬をら, ろ、石田三成叛逆乃きこ〓ありしかは、御旗を旋さる、九月、關原の役にし, たかひた多まつり、御旗本に備ふ、このとき御本陣を高地にうたしとま, 軍事をつとむへきむ〓仰をかうふり、また足輕五十人をくはへらき、す, はん事を言上し、御許容あるにより、すなはち地利を選ひ、御陣所をうつ, たて百人を預〓らな、已にして下野國小山の御陣營に供奉する乃とこ, たへらき、すへて一万四千石を領し、もとの〓く歩行同心を預〓らる、十, 原郡の内にして、六千石乃地をたまひ、騎馬同心三十人の給米にあ多ら, かう零り、三河國賀茂郡の内にをいて、五千石を加増せられ、義直卿より, 九年、大坂の御陣に、義直卿の先陣をう〓すまはる、元和元年の役には、仰, ま、ときに尾張國は上方押乃地なり、事の變あらば、先陣となりて諸軍を, 元和六年四月九日, 石ヲ領ス, 關原ノ戰, ニ附屬ス, 一萬四千, 徳川義利, 大坂ノ役, 五六四

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  • 石ヲ領ス
  • 關原ノ戰
  • ニ附屬ス
  • 一萬四千
  • 徳川義利
  • 大坂ノ役

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  • 五六四

注記 (23)

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