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を俗に南京寺と稱す, 來せし僧眞圓を, 〔通航一覽〕, 奉行所に相願ふの處、免許有て、東明山興福寺を開創し、諸船主共布施、寄進、縁銀及ひ, 祈願、又は先亡菩提供養の爲、右眞圓を開基の住持として、禪院を創建成したき旨、御, 津の〓初に、天主教を尊信せさるや否の事を緊しく穿鑿を遂け、且ツ海上往來平安の, 一當寺開創の事は、元和六年、唐僧眞圓當表に渡來り、三ケ年の間、今の興福寺境内に庵, 住持とし、長崎に寺院開基を願ふ、御免ありて、伊奈林郷の内に, 室を結ひ住居せり、其頃邪宗門御制禁嚴〓なりし時節、日本渡海唐人の内、天主耶蘇, て寺地を賜ひ、東明山興福寺を創建し、邪宗穿鑿、寺役の肝要たるへき旨を命せらる、これ, 元和九年癸亥年建、唐僧開場、東明山興福寺、禪宗臨濟派、境内五千九十四坪、伊奈林郷之, 元和九癸亥年、南京の船主等、先亡菩提、且乘組の内耶蘇信仰の有無穿鑿のため、さきに渡, 所の神佛の像、改め糺して、當寺に安置し、極めて疑ひ無らんことを要すべしと命ぜらる、, を信敬する者混し來るの由風聞專なりし故、南京方の船主共相議し、唐船入, 教, 僧渡來住職, 内、, 部二十三, 後如定、竺庵等、渡, 來して住職せり、, 宗門也, 切支丹, 二百二十七, 江西省饒州, 府の人なり, 〓川府, 唐國, 部二十三, ○下, 自注, 江蘇省, 略, 眞圓ノ出, 身地, 元和六年是歳, 二一
割注
- 後如定、竺庵等、渡
- 來して住職せり、
- 宗門也
- 切支丹
- 二百二十七
- 江西省饒州
- 府の人なり
- 〓川府
- 唐國
- 部二十三
- ○下
- 自注
- 江蘇省
- 略
頭注
- 眞圓ノ出
- 身地
柱
- 元和六年是歳
ノンブル
- 二一
注記 (36)
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