『大日本史料』 12編 37 元和七年正月~同年六月 p.381

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り、特に感状を賜ふ、元和元年三月、長晟姪女, 稱す、慶長十八年幸長の卒するや、嗣なし、群議紛々たり、忠吉、遺言により、幕府, 登、堡を奪ふ、功最も大なり、家臣の忠戰を竭せし状、亦見るべきものあり、慶長五, に懇請して、次弟長晟を立て、闔藩の望に副へり、慶長十九年、大坂冬役起り、十月, 二十八日、長晟、手兵八千を率ゐて、紀伊を發す、忠吉、先鋒の命を奉じ、二十六日, 年十二月、幸長、紀伊卅七萬石に移封せらる、忠吉、熊野新宮二萬八千石の城主とな, り、併せて牟婁郡九萬石の郡代たり、嘗て新宮城を修せしに、元和元年に至り、一國, り、織田信秀が守る所の岐阜城を攻む、此時幸長、岐阜の別堡瑞龍寺を攻め、忠吉先, 出發す、嗣子忠長亦從ふ、其の今在家に陣するや、新宮土寇の起るあり、城代戸田六, 長晟に呈す、長晟亦之を家康・秀忠の閲覽に供す、家康・秀忠、共に激賞し、家康よ, 十二日、名護屋城に入り、婚をなす、此時、忠吉及淺野左衞門佐隨行す、元和元年四, 一城の幕命に依り〓たれ、同三年に又改築し、更に二廓を増設す、世に之を右近廓と, 左衞門、之を撃ちて奇勝を獲たり、依つて牒状を以て、忠吉・忠長に報ず、忠吉之を, 阿古姫、徳川義直に嫁し、四月, 二女、, 幸長, 幸長ノ嗣ト, 主トナル, 長晟ノ先鋒, シテ長晟ヲ, 紀伊新宮城, 大坂冬陣ニ, トナル, 幕府ニ懇請, ス, 元和七年五月是月, 三八一

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  • 二女、
  • 幸長

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  • 幸長ノ嗣ト
  • 主トナル
  • 長晟ノ先鋒
  • シテ長晟ヲ
  • 紀伊新宮城
  • 大坂冬陣ニ
  • トナル
  • 幕府ニ懇請

  • 元和七年五月是月

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  • 三八一

注記 (27)

  • 451,636,58,1204り、特に感状を賜ふ、元和元年三月、長晟姪女
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  • 1680,629,63,2171登、堡を奪ふ、功最も大なり、家臣の忠戰を竭せし状、亦見るべきものあり、慶長五
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