『大日本史料』 12編 40 元和七年是歳~元和七年雑載 p.57

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て、能ふ限りの方法を盡して、これを送付することを意圖せしなり、, る者、また數名は日本語に通ずる蝦夷の土民なり、彼等より採り得たるところによりて、, ところによるものなり、則ち日本人の居住する松前より、當地にてヒガシと呼ぶ東方に向, 以下の事項を述ぶるを得しなり、人々が更に良くこれを理解せんために、余は本書に添へ, して、その對岸に、キヴィラと稱するノヴィスパニアの他の一地點ありとせり、即ち萬人の, 第一に、余は曩に送りし他の報告書中、蝦夷は島に非ずして、韃靼の〓端、もしくは末端に, て、蝦夷の國、日本、高麗及び韃靼とノヴィスパニアとの一部を誌したる小地圖を送付せ, 想定する如く、また世界地圖に描かれし如く、余も亦アニアン海峽が、韃靼とキヴィラとの, 兩地點の中間にあることを想定せしなり、余を動かしたる理由は、蝦夷人等が余に語りし, 明らかなり、されどこれなくしては、蝦夷が島嶼なるか否かを理解すること困難なるを以, り、されど余は製圖師に非ず、畫家に非ず、またかく圖中に定めしところを描くに、規準と, 爲すべき世界地圖を所有せず、されば余が送付せし地圖が、萬人の嘲笑を招くべきことは、, 會に、數名の日本人につきて、熱心に示教を受けたり、そのうち數名は松前に住居を有す, 去數年來、彼處にて爲せし如く、キリシタン等の告解を聽くために、この國にあり、この機, 元和七年是歳, 誌シタル地, 麗韃靼等ヲ, 蝦夷ハ島二, 圖ヲ贈ル, 非ズ韃靼ノ, 蝦夷日本高, 末端ナリト, ノ説, 松前, 元和七年是歳, 五七

頭注

  • 誌シタル地
  • 麗韃靼等ヲ
  • 蝦夷ハ島二
  • 圖ヲ贈ル
  • 非ズ韃靼ノ
  • 蝦夷日本高
  • 末端ナリト
  • ノ説
  • 松前

  • 元和七年是歳

ノンブル

  • 五七

注記 (26)

  • 900,602,57,1633て、能ふ限りの方法を盡して、これを送付することを意圖せしなり、
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