『大日本史料』 12編 40 元和七年是歳~元和七年雑載 p.58

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く他の陸地を望む、その近きこと、彼地にある馬を認むるを得べし、蝦夷人等の中に彼地, 北方に於いてもなほ海に隔てられ、その海は蝦夷を韃靼より分離せしむるものなり、しか, まで孰れの地方に於いても、東より西に走りて、五箇月を要する程の巨大なる島嶼は、發, に赴かんと欲する者あるも、前記の海流のために、これを敢へてする者なし、その故は、そ, ひて、陸上を行くに、東部の海に達するまで九十日の道程あり、しかして松前の同じ地點, の中間に、日本に來るものゝ如き、勢烈しき大なる水道多く、その水道は海流の力と勢と, を轉覆せしめんとする、大なる危險を齎し來る、これ等の總ての論據よりするに、蝦夷は, 得べきものなり、その余を動かすところの理由は下の如し、第一に、蝦夷は東方に海を以, 道程ありといふ、これよりして、蝦夷は島に非ず、韃靼の末端なることを確かむべし、今日, によりて、曲折して、水面下に沒し、やがて直ちに轉じて、通常極めて小型なる蝦夷人の舟, 見せられざりしを以てなり、されど他方蝦夷を眞に島嶼なりとする反對の見解も成立ち, より、當地にてはニシと呼ぶ西方に向ひて旅するに、西部の海に到るまでには、六十日の, て隔てらるゝこと、我等が南方と呼ぶミナミの側に於けるが如し、同じく西方蝦夷の末端, なるテッソイの地に於いても亦然り、こゝには甚だ急激なる海流あり、その正面には、近, 解モ成立ス, リトスル見, 第一ノ理由, 蝦夷ヲ島ナ, 元和七年是歳, 五八

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  • 解モ成立ス
  • リトスル見
  • 第一ノ理由
  • 蝦夷ヲ島ナ

  • 元和七年是歳

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  • 五八

注記 (20)

  • 806,616,61,2182く他の陸地を望む、その近きこと、彼地にある馬を認むるを得べし、蝦夷人等の中に彼地
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